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偽装結婚~代理花嫁の恋~

第5章 ★ 逢瀬 ★

「そんな―、お母さまには何の責任もないのに」
 むしろ、三鷹の母もまた哀しい犠牲者の一人ではないか。なのに、一方的に三鷹の母を疎んだという父親に、由梨亜は怒りを禁じ得なかった。
 三鷹が由梨亜を真正面から見た。
「だから、俺は愛のない結婚だけはしたくないと思ってきたんだよ。代役の花嫁を探していたのも、実はそういう理由があったからなんだ。親父は何とか俺を取引先会社の令嬢と結婚させようとしていた。まあ、その子には逢ったこともないし、悪い子ではなかったかもしれない。俺は哀しむ母の姿を見ていたから、仮に愛のない結婚をしなければならなくなったとしても、父のように妻を遠ざけるつもりはなかった。でも、叶うならば、生涯の伴侶は自分で見つけて、心から惚れた女を妻に迎えたいとは考えていたよ。そんなときに、君にめぐり逢ったんだよ、由梨亜ちゃん」
 三鷹は低い声で笑った。
「この偽装結婚が早速、功を奏して、俺の花嫁候補だった令嬢は先月の末に他の男と婚約したって聞いた」
 由梨亜は返すべき言葉を持たなかった。
 三鷹のことは大好きだ。このまま一緒にいれば、その〝大好き〟がいずれ愛情に変わることは予測できた。
 でも、由梨亜は三鷹と結婚するつもりはない。話を聞けば聞くほど、彼の住む世界は怖ろしく、平凡な母子家庭で育った由梨亜には想像も及ばない場所だ。
 そんな世界に入り、三鷹の妻となって暮らすなんて、由梨亜は堪えられそうになかった。
 だが、三鷹は由梨亜に応えを求めるつもりはないらしい。喋るだけ喋ると、再び眼を細めて海に視線を転じた。
「親父が日曜参観に来たことなんて、一度もなかったな。だから、俺はいつも思ってた。いつか自分が家庭を持ったら、必ず父親参観日には行くと決めてたんだ。まだ小学生がそんなことを考えたんだから、その頃からマセたガキだったのかもな、俺」
 三鷹は由梨亜を見ても人懐っこい笑みを浮かべた。
「おかしいかな、こんなことを考えるのって」
 明るく言う彼の笑顔の下には深い孤独と哀しみが透けて見えた。
「ちっとも。素敵じゃない? 私も父親は不在の家庭だったから、三鷹さんの気持ちはよく判るわ」

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