テキストサイズ

神さま、あと三日だけ時間をください。

第2章 ♭ミュウとシュン~MailsⅠ~♭

 瞬は明らかに勘違いをしているようだ。メールのやりとりを始めて十日ほどで、呼び方は〝ミュウさん〟から〝ミュウ〟になった。同時にシュンは自らの名前まで名乗ったのだ。
 それに対して、美海は何も瞬に明らかにしてはいない。名前はおろか、年齢さえも。
 送られてくるメールを読むにつけ、彼は美海がまだ自分と歳の違わない若い女の子だと信じ込んでいると思わざるを得なかった。
 メールのやりとりは毎日。大抵は夜の十一時を過ぎて夫の琢郎が眠った後に、自室でチェックする。パソコンではなく携帯を使う。
 その過程で、瞬については色々なことが判った。瞬は大学四年、M大の農学部に通っている。将来の夢は自分の牧場を持つこと。そのために今も空いている時間は小さな牧場でバイトをしているという。
 別にこれらのことは美海が訊きだしたわけではなく、瞬自らが語ったことだ。どうやら、今のメールでも判るように、彼は〝ミュウ〟という架空の女の子―つまり自分のイメージどおりの若い女性を勝手に作り上げているらしい。更には厄介なことに、その架空の〝ミュウ〟という女の子を彼女扱いし始めている。
 だが、瞬だけを責められはしない。美海はとりたてて彼に嘘を言ったわけでもないし、思わせぶりな科白を言ったわけではない。だが、本名も年齢も既婚であるということも告げずに、曖昧なままで瞬とメールをやりとりしている。こんな状態では、彼が勘違いをしてしまうのも無理はない。
 けれど、今の美海を辛うじて支えているのは、実のところ、この瞬とのメールのやりとりだった。夫との琢郎とはひと月前に喧嘩したまま、依然として気まずい状態が続いている。あの夜、琢郎はレイプ同然に美海の身体を幾度も奪った。
 夫の言うとおり、確かに身体は数え切れないほどの絶頂を迎え、気も狂いそうなほどの快感を憶えたかもしれないが、心は裏腹にしんと醒めていた。あの時、美海は知ったのだ。
 セックスによってもたらされる歓びは、心身ともに潤うものではないのだと。男女双方が共に労りと愛情を持って行われる親密な行為だからこそ、身体も心も満たされるのであって、どちらかの意に沿わない形で強要されてであれば、それは最早、ただの陵辱でしかない。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ