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神さま、あと三日だけ時間をください。

第2章 ♭ミュウとシュン~MailsⅠ~♭

 でも、もう後戻りはできない。それに、美海は判っていた。シュンに逢いたいと言われたって、美海自身にその気がなければ、やはり断っていただろう。どうしても断り切れなかったというのは言い訳でしかなく、その裏には、一度、彼に逢ってみたいという想いが潜んでいたのは否定できなかった。
 要するに、美海は自分自身でシュンと逢うという決断を下したのだ。誰のせいにもできないのは自分でもよく知っていた。

 翌日の日曜、美海はM町の小さな駅に降り立った。左腕に填めた腕時計を覗くと、丁度、十二時を回ったばかりだ。シュンと約束した時間にぴったりである。
 最初、シュンは自分から美海の住む町まで迎えに来ると言った。だが、それは幾ら何でもまずい。なので、美海の方からシュンに逢いにいくことにしたのである。
 琢郎は接待ゴルフで早朝から出かけ、美海は今日は大学時代の親友皐月の家に行くと告げて出てきたのだった。
 今、自分が何をしようとしているのか、自覚はあるの?
 美海は何度も自問してみた。メールのやりとりをしているだけならまだしも、こうして実際にシュンと逢うことが何を意味するのかを考えなかったわけではない。世間では、こういうのを〝不倫〟と呼ぶ。
 出会い系掲示板で知り合い、夫に嘘をついて若い男とデートするなんて、まさに有閑主婦向けのメロドラマを地でいっているようなものではないか! 今まで平凡な主婦の自分には全く縁がなかった世界であり、出来事である。
 だが、そんな不安も今日一日限りで終わるだろう。どう見たって、美海が二十二歳に見えるはずもないし、現実の美海を見れば、シュンの夢も醒めるはずだ。どころか、こんなオバさんを〝彼女〟だと思い込み、毎夜、二時間もメール交換していたなんて知れば、馬鹿にされたと怒り出すに違いない。
 事実、その方がよほど互いのためには良いのだ。夢は所詮、夢でしかない。いつかは醒めるときがくるものだ。その夢が甘美であればあるほど、醒めたときの喪失感や衝撃も大きいのは当たり前。であれば、そんな夢は一刻も醒めた方が身のためというものだろう。

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