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神さま、あと三日だけ時間をください。

第2章 ♭ミュウとシュン~MailsⅠ~♭

「違う、違う、そうじゃなくて」
 と、途中で見かねたシュンが何度も説明を繰り返し、やっと数滴、絞ることができた。
「あっ、できた」
 歓声を上げる美海を見て、シュンも眼を細める。
「やったね」
 ここまでくるのに一時間は要している。
「乳搾りもなかなか手強いのねえ」
 素直な感想を口にすると、シュンは頷いた。
「見てるだけなら簡単そうなんだけど、これがなかなか骨が折れるんだ」
 乳搾り体験の後は、子牛に触ってみる。最初、美海は恐る恐る手を伸ばした。
「大丈夫だよ、とても大人しいから。暴れたりしないんだ。触ってごらん」
 やっとの想いで子牛の背に触れると、すべすべした毛並みに当たった。
「ミュウと同じ名前を貰ったから、きっと美人になるぞ、お前」
 まるで本当の我が子に対するように話しかけている。この牛の親子は特にシュンが眼をかけているといるというから、納得はできる。
「この子は女の子なのね?」
 美海が笑うと、シュンは大真面目に頷いた。
 シュンといると、〝美人〟だとか〝可愛い〟とか、およそ想像もできない褒め言葉が飛び出してくる。その真剣な表情や口ぶりから、からかわれているわけではなさそうではあるが、聞き慣れないお世辞を囁かれていると、本当に自分が冴えないアラフォーから〝可愛い女の子〟になったような気さえしてくるから不思議だ。
 子牛は黒いつぶらな瞳で美海を一心に見つめてくる。濡れたような瞳がいじらしくも可愛らしい。子どもを生んだことも持ったこともない美海ではあるが、人間に限らず動物の赤ちゃんもこれほどまでに愛おしく思えるものだとは考えたこともなかった。
「可愛い」
 子牛のミュウに頬ずりする美海を、シュンが満足そうな面持ちで眺めている。
 牛舎に二時間くらいいて、二人は再び軽トラに乗り込んだ。次にシュンが美海を連れていったのは海岸だった。
 駅から眺めた海はコバルトブルーに見えたが、今、海岸に佇んで臨む海はセルリアンブルーに色を変えている。白い砂を絶え間なく寄せる波が洗い、はるか遠くの水平線の向こうにはソフトクリームのような入道雲が大きく見えていた。

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