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神さま、あと三日だけ時間をください。

第3章 ♭ミュウとシュン~MailsⅡ~♭

 シュンの視線に気づき、美海はハッとした。白い膚に紅い小さな花びらが数枚、散っている。鎖骨から胸が見えそうで見えないギリギリの場所にまで、うっすらと紅いアザが浮いているのだ。昨夜、何度も抱かれた際、琢郎が美海の膚にしっかりと刻み込んだものだ。
 美海は狼狽え、慌ててボレロの前をかき合わせたが、小さなボレロで隠れるはずもない。
 シュンは黙って自分が羽織っていた薄手のパーカーを脱ぎ、美海の肩にかけてくれた。
「とにかく行こうか」
 シュンが低い声で言い、美海は彼の後に続いた。駅前には黒い軽自動車が停まっている。
「乗って」
 シュンに促され、美海は助手席に乗り込んだ。車は直に発進し、シュンは手慣れた様子でハンドルを握っている。
 今日のシュンはいつになく寡黙である。それも最初は変わらなかったのに、突然、態度が不自然になった。例の美海の胸許に散ったアザを見てからのことになる。
 迂闊だったと思う。まさか琢郎がこんな場所に吸い跡をつけているなんて、考えてもしなかったのだ。よりによって、夫との濃密な情事の名残をシュンに見せてしまうなんて、自分は何と愚かなのか。
 シュンだって、子どもではないのだ。あれが何を意味するかは十分すぎるくらい判っているだろう。シュンは美海が結婚していることを知らない。だからこそ、美海にプロポーズまでしているのだ。そんな彼が美海の身体に刻み込まれた他の男の痕跡を歓ぶはずがないではないか。
 車内はずっと重い空気が漂っていた。十数分が経った頃、やっとシュンが口を開いた。
「この車、十日前に慌てて買ったんだ」
 しかし、その口調は何か喋らないといけないから喋ったという感じがぬぐえない。
「そうなのね」
 美海もまた何か応えなければという想いから無難な相槌を打った。
「彼女が遊びにきたときに、車も持ってないんじゃ、ちょっと格好つかないだろ」
「―」
 それには応えようがない。
「何だか申し訳ないような気がするわ」
 考えた末、やっと適当そうな応えが出てきた。
「中古だし、そんなに気にしなくて良いよ」
 後はまた、ひたすら沈黙が続く。

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