神さま、あと三日だけ時間をください。
第1章 ♭眠れぬ夜♭
琢郎は下品なのと露骨なのは好まない。それは若いときから変わらない好みだ。このネグリジェはうっすらと透けている程度で、いわゆる男性を誘うためのスケスケのものではない。色もデザインも淡いピンクで全体的に清楚で上品な印象である。
淡い明かりを点しただけの寝室では、ネグリジェの光沢ある生地を通して、美海の身体の線がくっきりと際立って見えるはずだ。琢郎にはあからさまな媚態を見せるよりは、そうやって控えめにアプローチする方がより効果的に違いない。
ここまで考えて、更に美海は憂鬱になった。これでは、まるで商売女が客をいかにすれば虜にできるかと手練手管を弄しているようではないか。何もこの世で琢郎だけが男というわけでもないのだし、何で妻であるというだけで、自分が夫の気を引くために娼婦のような真似をしなければならない?
それでも、何かをしなければ、自分たちはもう本当に駄目になってしまう。それは美海にも判っていた。この歳になって、離婚するだなんて、考えただけでもゾッとする。それは恐らく、琢郎を愛しているとかいう気持ち以上に、今の安定した日々を失いたくないという気持ちが強かったからだ。
琢郎の妻となって十一年、美海はもうすっかり、一人の女としてよりは〝矢坂琢郎の妻〟という立場に慣れきっていた。何のときめも希望もない代わりに、不安も哀しみもない生活。今更、一人に戻ったところで、アラフォーのしかも特に美人でもなくスタイルも良いわけでもない自分に新しい出逢いが転がり込むとも思えなかった。
つまり、今の安定した暮らしを失いたくない、その一心がこうした姑息な―何が何でも夫をその気にさせようという気持ちに美海を駆り立てているのだともいえる。
もしかしたら、夫婦間の意思疎通を図る手段は他にもあるのかもしれなかったけれど、今となっては、美海にはこれくらいしか思いつく手段がなかった。
美海はまた小さな息を吐き、ドレッサーの上についた付属の小さな明かりを消した。シルクのネグリジェの胸許を無意識の中に直し、立ち上がる。
さあ、これからがいよいよ勝負だ。自室から一旦廊下へ出て夫婦の寝室へと続くドアを開けると、琢郎は既にダブルベッドに入り、こちらに背を向けていた。
何もかもを―美海までをも拒絶しているあの背中を見ただけで、折角かき集めた勇気も萎みそうになる。
淡い明かりを点しただけの寝室では、ネグリジェの光沢ある生地を通して、美海の身体の線がくっきりと際立って見えるはずだ。琢郎にはあからさまな媚態を見せるよりは、そうやって控えめにアプローチする方がより効果的に違いない。
ここまで考えて、更に美海は憂鬱になった。これでは、まるで商売女が客をいかにすれば虜にできるかと手練手管を弄しているようではないか。何もこの世で琢郎だけが男というわけでもないのだし、何で妻であるというだけで、自分が夫の気を引くために娼婦のような真似をしなければならない?
それでも、何かをしなければ、自分たちはもう本当に駄目になってしまう。それは美海にも判っていた。この歳になって、離婚するだなんて、考えただけでもゾッとする。それは恐らく、琢郎を愛しているとかいう気持ち以上に、今の安定した日々を失いたくないという気持ちが強かったからだ。
琢郎の妻となって十一年、美海はもうすっかり、一人の女としてよりは〝矢坂琢郎の妻〟という立場に慣れきっていた。何のときめも希望もない代わりに、不安も哀しみもない生活。今更、一人に戻ったところで、アラフォーのしかも特に美人でもなくスタイルも良いわけでもない自分に新しい出逢いが転がり込むとも思えなかった。
つまり、今の安定した暮らしを失いたくない、その一心がこうした姑息な―何が何でも夫をその気にさせようという気持ちに美海を駆り立てているのだともいえる。
もしかしたら、夫婦間の意思疎通を図る手段は他にもあるのかもしれなかったけれど、今となっては、美海にはこれくらいしか思いつく手段がなかった。
美海はまた小さな息を吐き、ドレッサーの上についた付属の小さな明かりを消した。シルクのネグリジェの胸許を無意識の中に直し、立ち上がる。
さあ、これからがいよいよ勝負だ。自室から一旦廊下へ出て夫婦の寝室へと続くドアを開けると、琢郎は既にダブルベッドに入り、こちらに背を向けていた。
何もかもを―美海までをも拒絶しているあの背中を見ただけで、折角かき集めた勇気も萎みそうになる。