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神さま、あと三日だけ時間をください。

第4章 ♭切ない別れ♭

 琢郎はまた同じ科白を繰り返した。
 しばらく身体を震わせていたかと思うと、やがて、彼はコテンと床に転がり鼾をかいて眠ってしまった。
 美海はしばらくの間、床に座り込んで琢郎の寝顔を見つめていた。無防備な子どものような表情。
 この瞬間、美海の心は決まった。
 琢郎への想いも残っている。
 だが、シュンのことは夫以上に好きだし、愛していた。何より、心が求めてやまなかった。
 でも、今ここで琢郎に別離を切り出したりすれば、彼は間違いなく自暴自棄になるだろう。
 美海の脳裏にシュンから聞いた切別伝説の話が甦る。美しい男神たちに求愛され、どちらも選べず非業の死を遂げた美しき女神。
 この(琢)男(郎)の側から離れてはいけないのだと思った。思い上がりかもしれないが、もし自分が去れば、琢郎は駄目になるのではないか、そんな予感がした。
 今では昔のようにひたむきに琢郎を愛した頃のような情熱はない。しかし、代わりに彼と営んできた十一年という歳月は、琢郎に対して身内に近い感情を抱かせるようになっていた。川の急な流れが気の遠くなるような歳月を経て凪いだ大海へと注ぎ込むように、美海の夫への愛もまたいつしか穏やかな想いに変わったのだろう。
 夫の安らいだ寝顔をひとしきり眺め、美海は散らかり放題に散らかったリビングを片付けた。一時間後には、とりあえず見られる状態にまではなった。本当は掃除機をかけたかったのだけれど、熟睡している琢郎を起こすのも忍びなく諦めた。
 シュンほどではないが、大柄ではある琢郎を苦労してリビングのソファに寝かせ、冷房を緩くかけてタオルケットをかけた。これで風邪を引くことはないだろう。  
 自室に戻れたのは、夜も七時を回っていた。
 何か口にしなければ身体が弱ってしまうのは判っていても、食欲は一向に出ない。無理に食べる必要もないと自分に言い聞かせ、琢郎が目覚めたときに一緒に買ってきた惣菜を食べようと思い直す。 

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