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神さま、あと三日だけ時間をください。

第1章 ♭眠れぬ夜♭

 どうして、もっと早くに夫との関係を修復しようとしなかったのだろう。今日、明日とじりじりと先延ばしにしている間に、自分たち夫婦の関係はとうとう修復不可能なところまで来てしまっていたのだ。
「何だ、俺に抱いて貰いたいのなら、はっきり言えよ。第一、お前にはそんな格好は似合わないぞ」
 その科白は美海をどん底に突き落とした。
「酷いわ。そんな言い方はないでしょう」
「つべこべ言ってないで、来るなら来いよ。ほら」
 ふいに強く腕を引かれ、美海は危うく、よろめき転びそうになった。
「急に危ないじゃない」
「いちいち文句を言わなきゃき気が済まないのか? 全く、口うるさいのはいつまで経っても変わらないな。さっさとしてくれないか、俺は疲れてるんだ。お前がしたいなら付き合ってやるから、さっさと事を済ませて眠らせてくれ」
 ここまで言われては、美海のなけなしの自尊心も流石に保ちそうになかった。
 美海は涙を堪えて言った。
「私は別に、あなたに抱いて貰わなくても結構よ。別に子どもが今更、欲しくなったわけでもないし」
「子ども? 俺はもうその話は聞きたくないと言ったはずだぞ? また持ち出すのか」
 琢郎の眉がつり上がる。大学時代はそこそこのイケメンであったのに、三十代に入ってからは額が後退して、今ではかなり禿げ上がってしまっている。そのせいで、折角の整った容貌よりも額の広さだけが目立ち、実年齢よりもかなり老けて見えた。
「あら、そう? 私が言いたいのは子どもそのもののことじゃなくて、子どもでも望まなければ、あなたとはセックスする気にもなれないってことなんだけど?」
「それは、どういう意味だ?」
 琢郎の眉間の皺が深くなる。
 言ってはならない。これ以上、言うべきではないともう一人の自分がしきりに囁きかけていた。恐らく、これから美海が口にしようとしている科白は、男が最も嫌う科白―言われたくないものに違いないだろうから。
 しかし、この期に及んでは、美海も止まれるはずはなかった。そう、もうずっと自分は我慢していた。いつも琢郎の顔色ばかり見て、怒らせてはいけないと思って。

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