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神さま、あと三日だけ時間をください。

第4章 ♭切ない別れ♭

「物凄い吐き気がして」
 刹那、シュンの切れ長の眼が美海を射るように大きく見開かれた。
「―」
 しばらくシュンは眼を見開いたまま、美海を惚(ほう)けたように見つめていた。
「ミュウ、四日前に逢った時、君はもうふた月近く、その吐き気が続いていると言ってたね?」
「そう―だけど」
 美海はまだしつこく襲ってくる吐き気を堪えながら、ようよう頷いた。
「俺はまだ全然、そういう経験はないからよく判らないけど、君、妊娠しているんじゃないのか?」
 予期せず投げつけられた科白に、美海が固まった。まるで脳天から強い電流が駆け抜けたかのような衝撃が全身を貫いた。
「妊―娠?」
 馬鹿な、そんなはずがないと咄嗟に思う。けれど、すぐに自分の読みが甘かったと悟った。
 二ヶ月前の夜、琢郎に烈しく抱かれた一夜の記憶がまざまざと甦ってくる。確かに、あれから生理はずっと来ていない。五月半ばに最後の生理が来た後は、一度として来てないのだ。
 でも、元々、美海は生理がそれほど規則正しいわけではなく、時にはふた月もめぐってこないこともあった。別に特に異常があるわけでもないので、婦人科を受診したときも治療の必要はないと言われていたのだ。
 きっちりと決まっている女性ならば、もっと早くに気づいたのかもしれないけれど、美海の場合、いつものように少し遅れているだけだと軽く考えていた。
 しかも、あの夜は実に久しぶりに夫に抱かれたのだ。不妊治療を断念してからというもの、琢郎は殆ど美海に触れることはなくなっていて、夫婦の営みは絶えて久しかった。
 もし本当に妊娠したのだとしたら、あの夜以外に考えられない。
 それにしても皮肉なものだった。琢郎と結婚して十一年の歳月が経ち、焦がれるほど子どもが欲しいと願ったのに、子どもはできなかった。生理が来る度に、トイレにこもって泣いたのは一度や二度ではない。
 それが、シュンとめぐり逢い、久しぶりに女としての胸のときめきや高鳴りを思い出した途端、妊娠するなんて。

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