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神さま、あと三日だけ時間をください。

第4章 ♭切ない別れ♭

 一体、何の不足があったのだろう。やはり、子どもができなかったのが原因なのだろうか。二ヶ月前、久しぶりに美海を抱いた。もう二年近くもの間、妻とのセックスはご無沙汰していたせいかどうかは判らないが、あの夜は燃えに燃えた。
 以前はどれだけ身体を重ねても一向に燃えない妻を、琢郎は物足りないと思っていた。しかし、久しぶりに味わう妻の身体は三十九歳という年齢を感じさせないほどみずみずしく官能的で魅力的だった。
 あれほど良いセックスができるのなら、何も妻がいるのに、わざわざ風俗なんて行く必要もない。琢郎はそれからは何度か美海にアプローチをかけたものの、その度にさりげなく交わされた。
 思えば、二日前の夜も琢郎が抱こうとすると、あれほど嫌がったのも、他の男と不倫していたからなのだろう。
「俺も馬鹿な男だ」
 琢郎はもう一度、繰り返した。
 妻が不倫をしている。以前の自尊心の強い琢郎なら、知った段階で美海を殴りつけ、離婚届を突きつけてやっただろう。
 だが、妻の心が自分にはないことを知りながら、琢郎はそれでも妻を手放したくないと思っている。
 自分は美海を愛しているのだ。いや、愛しているという言葉では足りないほど、惚れに惚れていると言っても過言ではない。それは単に、美海とのセックスがこれまでになく極上のものだと気づいたからだけではない。
 琢郎も男だし、人並みの欲望はあるから、もちろん、妻とのセックスに大いに未練を感じているのも理由の一つではある。しかし、それ以上に、琢郎の心が美海を求めているのだ。 
 結婚十一年目で、しかも妻の心が自分から離れ始めていると知って漸く気づくとは因果なものだ。
「本当に馬鹿だな」
 琢郎は呟き、手にしたブランデーグラスを傾け、クイッとひと息に煽った。
 サイドテーブルの写真には、小さな銀縁の写真立てが載っている。小さな枠の中では凛々しいタキシード姿の花婿と初々しいウェディングドレスの花嫁が寄り添い合っている。
 二十八歳の美海はこれ以上はないというほど幸せそうに微笑み、琢郎も満足げな面持ちだ。ハワイで二人だけの挙式をあげたときの美海のお気に入りの写真だ。

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