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神さま、あと三日だけ時間をください。

第4章 ♭切ない別れ♭

 親戚や親の手前、披露宴は国内の有名ホテルで行ったものの、挙式は美海の望み通りハワイの教会で挙げたのだ。
 二人の背後にはどこまでも続く蒼い海と白いビーチがひろがっている。世界でいちばん幸福な花嫁の笑顔を南国の太陽が眩しく照らし出していた。
 自分たちは、いつからここまで心が離れてしまったのか。このフレームの中にあるのは、自分たちがまだ幸せだった頃の残骸でしかない。
 恐らく自分にも責任はあるのだろう。結婚してからは自分の気持ちや要望を一方的に押しつけるだけで、美海の心を推し量ってやったことはあまりなかった。
 もし、やり直しが今からでもできるというのであれば、自分はどんな努力でもするつもりだ。元々がワンマンで俺さまな性分なので、理想的な夫になれるかどうかまでは自信がないが、これまでのように美海を一人ぼっちにしたり、我が儘な要求を押しつけたりはしない。美海の心をもっと思いやって、時には労りを行動や言葉で示すことも必要だろう。
 町のあちこちできらめく灯り、あの一つ一つに家族の、人の営みが象徴されている。あの灯りの下に家族が集っているのかと思えば、ここからではかすかな光の点滅にしか見えない小さな灯りにも温もりが感じられた。
 両親がいて、子どもがいて、そんな当たり前の家族のかたちをもう自分は長い間、忘れていた。その瞬間、彼は結婚して初めて、心から子どもが欲しいと思った。
 美海によく似た可愛い赤ん坊をこの手に抱いてみたいと切実な祈りにも似た想いが奥底から迸るように湧き上がってくる。
 俺は今、最も大切なものを失おうとしている。このまま手をこまねいていれば、美海は砂が指の隙間から零れ落ちてゆくように、するりと琢郎の手から抜け出して消えてしまう。
 琢郎は静かな決意を秘めた瞳で、いつまでもフォトフレームを手にとって想い出の写真を眺めていた。

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