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神さま、あと三日だけ時間をください。

第4章 ♭切ない別れ♭


 絶対に眠れないと思っていたのに、それでも明け方になって浅い微睡みにたゆたったらしい。
 早朝のまだ蒼さを残した空気をつんざくように、携帯電話のアラームが鳴った。美海は慌てて飛び起きる。傍らにはシュンが腹ばいになった格好で煙草を吸っていた。
「ずっと起きてたの?」
「うん。君の寝顔を見ていたかったからね」
 さらりと寄越された言葉に、美海の心はまた切なく疼き揺れた。
「何か食べる? ルームサービスでも取ろうか」 
 最後の最後まで、シュンは優しい。美海は泣きたくなるのを堪え、笑顔で首を振った。
「お腹に赤ん坊がいるのに、何か食べなくちゃ駄目だぞ」
 結局、一時間後にホテルを出て、眼に付いたファミレスでトーストとコーヒーだけの簡単なモーニングを食べた。
 もちろん、食欲は殆どなくトーストを辛うじてコーヒーで流し込んだだけだった。それから折角だからと少し歩いて最寄りのお寺に脚を運んだ。
 そこは開創は室町時代だという由緒ある古刹であった。境内そのものは広くはなく、本堂は既に焼失してない。敷地には往時の立派さを偲ばせる鐘堂がぽつんと建っていた。
 鐘つき堂の側に由来を記した立て看板がある。読んでいくと、この寺は元は尼寺だったらしい。後醍醐天皇の寵愛を受けたという女官が建てたものだという。後醍醐天皇といえば、政変で朝廷が分裂した際、南朝方として京都から吉野へと逃れ、吉野朝廷を築いた人物として知られる。
 女官名を安擦使(あぜち)大納言(だいなごん)典侍(のすけ)と呼ばれたその女人は帝との間に皇女まで儲けたものの、帝が都を追われる際に別れ、一人でこの地に流れ着いた。以後は皇女を育てながら仏道に明け暮れる日々を過ごし、六十有余歳で亡くなったと伝えられる。
 堂内にはちょっとした空間があり、片隅に祭壇が見えた。色褪せた朱塗りの厨子には、小さな弥勒菩薩がひっそりと安置されている。この御寺の本尊であり、本堂が昭和の時代に火災で焼け落ちた後も唯一、焼け残ったというものだ。

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