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神さま、あと三日だけ時間をください。

第4章 ♭切ない別れ♭

 口伝によれば、出家して法明(ほうみよう)尼と名乗った大納言典侍の持仏であったという。最近になって、X線写真を使った調査から、仏像の体内には巻物状の紙が幾枚か納められていることが判明した。その紙はどうやら、吉野の後醍醐帝が典侍に宛てて送った書状らしい。
 信頼していた足利尊氏に裏切られ、吉野に逃れるしかなかった数奇な運命の帝とその恋人の悲恋が偲ばれる逸話だ。
 美海は仏教については殆ど知らないけれど、弥勒菩薩は悩める衆生を救ってくれると聞いたことがある。確かに柔和なそこはかとなき微笑を見ていると、何の根拠もないのに、心が自ずと癒され軽くなってゆくようだ。
 たとえどのような悪行に手を染めていたとしても、この仏ならば自分を許してくれそうな印象すらある。
 祭壇の前には賽銭箱があり、殆ど燃え尽きた線香がまだかすかに白い煙を立ち上らせていた。自分たちの前にも、誰かがお参りしたのだろう。
 シュンは財布から小銭を出し、賽銭箱に入れている。何を考えているのか、真剣な横顔で熱心に祈っていた。
 美海もシュンに倣って、百円玉を二つ入れた。しばらくそこにいて、鐘堂の外に出ると、眩しい夏の太陽が二人の眼を鋭く射る。まだ午前中だというのに、はや油照りの太陽がうなじを灼き、首筋を汗が流れ落ちる。
「シュンさんは何をお願いしたの?」
 何気なく訊ねると、彼は微笑んだ。
「今度、生まれ変わってもミュウとめぐり逢わせて下さいってお願いしたんだよ。それから、君に無事、元気な赤ちゃんが生まれますようにって」
「―」
 最早、何も言えなかった。
「後は少し我が儘かもしれないけど、今度、生まれ変わったときには君と同じ歳くらいで、他の誰よりも真っ先に君に出逢わせて下さいって頼んどいた」 
 美海はシュンを真っすぐに見つめた。
 こうやって別離を引き延ばしにしても、互いのためにはならない。
 辛いけれど、ここで別れた方が彼のためにも良いのだ。
「それじゃあ、ここでお別れしましょう」
 シュンの切なげなまなざしが揺れた。
「―判った。俺もいつまでもミュウといたいけど、未練たらしい男だと最後に嫌われるのもいやだし、ここで別れるよ」
 気丈にも彼は微笑んでさえ、いた。

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