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温もり

第4章 母

「ニニに出会わなきゃ、こんな思いをしてまで俺は生きてない。もう、苦しいんだ。ニニを見るのも、失うのも、苦しいんだ」

 完全に心の折れた息子に、ラディは嘲笑を浴びせる。

「あっはっはっは! あの子はもう要らないの? なら私に頂戴よ。疲れた貴方の代わりに可愛がってあげるわ」

「駄目だ、そんな事……」

 嗚咽を漏らしながらも零九はニニを庇う。自分でも言葉の矛盾には気づいている。

 彼女に会いたくなかった。
 愛情など知りたくなかった。
 彼女を愛している。

 ラディもそんな零九に気づいて揺さぶっているのだ。

「じゃあ、どうしたいの? 楽になりたいんじゃないの? あの子を手放せば楽になるって、あの子が居なければずっと楽だったって、そう言ったでしょ?」

「ちが、違う……」

「何が違うの? 貴方はっきりそう言ったでしょ?」

「ニニは……」

「ニニは? なに?」

 クスクスとラディの笑い声が零九に纏わりつく。
 ゆるゆると首を絞め、足を絡め取り、粘着質に腰に、ギリギリと腹部を締め付ける。

「ニニは、俺の大切な……」

 水に溺れる様に、息が苦しくて、言葉が続けられない。否、もう言葉は出て来ない。大切ななんだったのか、否定してしまった口からはもう出せなかった。

「大切な何?」

 クスクスとラディは笑う。

 零九は笑い声に拘束され、笑い声に沈んで行く。もがく力も、抵抗する気力も無かった。このまま目を閉じて、二度と覚めない眠りにつきたかった。

 約束も、温もりも、涙も、忘れたかった。

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