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温もり

第9章 五日目

 激しく震える手で器を傾けると、僅かに口に入った程度で、殆どが零れてしまう。

「かはっ! けほっ……」

 喉に大きなダメージを受けている彼は、その僅かに入ったスープを飲み込む事すら出来ず、噎せてしまい、器を落とし、全てを床に零してしまう。
 零九はそれを絶望した様に見て、手に着いたそれを舐める。自身の血の味が殆どで、スープの味などしない。だが、それでも零九は泣きながら自分の腕を舐め、無くなると床を舐めた。
 数日前にはラディに押さえつけられて、無理矢理舐めさせられたのだが、今は自発的にそれを行っていた。

「零九、食べなさい」

 その様子を黙って見ていたラディは、スプーンに白米を乗せて彼に向ける。

「……え」

 意外な行動に零九は驚きに掠れた声を上げるが、彼女はそれをやめようとせず、かと言って無理矢理口に入れるでもなく、スプーンを彼に向けている。
 自分の為にラディが行動してくれていると言う事実に驚きを感じつつも、零九は彼女の行動に甘んじた。そうなければ、食べられないのだから。

 元は形の良い薄い唇は、今は裂傷と腫れによって痛々しく変化し、僅かに震えている。必死に開いてスプーンを頬張り、そこに乗った白米を口に入れる。ラディがそろりと引き抜けば、綺麗になくなっていた。
 ゆっくりと白米を噛んでいる零九を見て、ラディはほくそ笑む。この調子ならば、思ったよりも早く彼の心から、妹への愛情は消え失せるかもしれない。そう思ったのだ。

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