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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第6章 第二話・其の弐

「今日のところは、これで退散しよう。私もそのご婦人の亭主のいる前で堂々と愛を語り合うほど厚顔ではないつもりだからな」
「愛を語り合うだと、貴様、黙って聞いておれば、妻を愚弄するにもたいがいにせよ」
 孝俊の端整な顔が怒りのあまり、朱に染まる。
 俊昭はそんな従兄をつまらなそうに見つめた。
「孝太郎どの、良い女を見つけたな。私もそろそろ親父が身を固めろと口うるさいのだが、案外、いきなり惚れた女を連れてきて周囲を脅かせ認めさせるという手もあるのだな。まあ、せいぜい貴殿に見習うとしよう」
 俊昭は気のない様子で言い、最後に美空に片眼をつぶって見せた。
「それでは、また、お逢いしよう。美しき方」
 そう言うと、片手をひらひらと振り、実に愉しそうに笑いながら去ってゆく。
 美空は唖然として、去ってゆく俊昭の後ろ姿を見送った。
「全く、どこまでも厚かましい奴だ、子どもの頃と少しも変わらぬな」
 孝俊が小さな吐息を吐く。
「あの方は、殿のお従弟にならるるおん方とか、お窺い致しました」
 美空が控えめに言い添えると、孝俊は頷いた。
「ああ、亡き父上の弟で分家した叔父上がいてな、そこの跡取りなのだ。確か俺よりは一つ、二つは若いと思うが」
「さようでこざいましたか」
 美空が納得する。
「さりながら、殿。今日はお珍しうございますね。このような時間に奥向きにお渡りになられることなど滅多とありませぬのに」
「そなたの顔を見とうなったゆえ、と申したら?」
 悪戯っぽく言う良人に対し、美空は嫣然と微笑んだ。
「そのようなお言葉、この私が信じると思し召されますか?」
 妻の言葉に、孝俊の面に苦笑が浮かぶ。
「実は、先刻、家老の碓井より松平俊昭が訪ねてきたと知らせが参ったのよ。奥向きに通せと言われ、碓井も断ったらしいが、何しろ、分家とはいえ、主家の血筋に連なる者ゆえ、無下に扱うこともできぬ。しつこく頼まれて、致し方なく案内したと申してきた」
 孝俊は、落ち着いた声で言い、形の良い眉を寄せた。

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