
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第1章 第一話 春に降る雪 其の壱
―そんなことは少しも気にする必要はねえ。私は弥助さんの友人として、自分にできるだけのことをした。急にあんなことになっちまって、弥っつぁんがどれだけ心残りだったか。美空ちゃんのことも心配していたろう。これくらいのこと、当然のことで礼を言われるほどのことじゃないよ。
それでもなお、うつむいている美空に、誠志郎は笑みを浮かべたまま続けた。
―だが、私の気持ちはそうでも、美空ちゃんにとっちゃア、求婚を一旦は断った男がいつまでも眼の前をうろついてたら、居心地が悪いんだろうね。
―そんなつもりで言ったんじゃ―。
慌てて否定しようとした。
と、誠志郎は真顔になった。
―いや、何も皮肉や当てこすりで言ったんじゃない。美空ちゃんの立場としては、至極真っ当なことだ。美空ちゃんの気持ちを考えもせず、未練がましくいつまでも付きまとっていた私が悪いんだよ。―美空ちゃん。私はもう、ここへは来ない。だが、もし、何か困ったことがあれば、いつでも相談に来ると良い。私で良ければ、力になるからね。
誠志郎はけして、美空をしつこく追い回していわけでも、付きまとっていたわけでもない。ただ、一度は結婚を辞退した美空に、何の見返りも求めることなく、無償の親切を与え続けていただけなのに。
誠志郎にそのようなことを言わせてしまった自分を、美空は許せなかった。
やるせない想いで美空が面を上げた時、誠志郎は、やわらかな笑みを浮かべていた。
そして、以後、二度と徳平店に誠志郎が姿を見せることはなかった。
男らしい潔い引き際は何より、誠志郎の気性をよく表していた。
それゆえ、この後、美空は表の腰高障子に〝仕立物致します〟と覚束ない文字で書いた札をぶら下げることになった。
美空は平仮名の読み書きなら一通りはできるけれど、漢字混じりの文となると、もうお手上げだ。読み書きは同じ長屋に住む浪人が寺子屋のようなものを開いているので、そこで習い憶えた。父弥助は〝女に学なんぞ必要ねぇ〟とにべもなく、美空が寺子屋に通うのにも良い顔はしなかった。
それでもなお、うつむいている美空に、誠志郎は笑みを浮かべたまま続けた。
―だが、私の気持ちはそうでも、美空ちゃんにとっちゃア、求婚を一旦は断った男がいつまでも眼の前をうろついてたら、居心地が悪いんだろうね。
―そんなつもりで言ったんじゃ―。
慌てて否定しようとした。
と、誠志郎は真顔になった。
―いや、何も皮肉や当てこすりで言ったんじゃない。美空ちゃんの立場としては、至極真っ当なことだ。美空ちゃんの気持ちを考えもせず、未練がましくいつまでも付きまとっていた私が悪いんだよ。―美空ちゃん。私はもう、ここへは来ない。だが、もし、何か困ったことがあれば、いつでも相談に来ると良い。私で良ければ、力になるからね。
誠志郎はけして、美空をしつこく追い回していわけでも、付きまとっていたわけでもない。ただ、一度は結婚を辞退した美空に、何の見返りも求めることなく、無償の親切を与え続けていただけなのに。
誠志郎にそのようなことを言わせてしまった自分を、美空は許せなかった。
やるせない想いで美空が面を上げた時、誠志郎は、やわらかな笑みを浮かべていた。
そして、以後、二度と徳平店に誠志郎が姿を見せることはなかった。
男らしい潔い引き際は何より、誠志郎の気性をよく表していた。
それゆえ、この後、美空は表の腰高障子に〝仕立物致します〟と覚束ない文字で書いた札をぶら下げることになった。
美空は平仮名の読み書きなら一通りはできるけれど、漢字混じりの文となると、もうお手上げだ。読み書きは同じ長屋に住む浪人が寺子屋のようなものを開いているので、そこで習い憶えた。父弥助は〝女に学なんぞ必要ねぇ〟とにべもなく、美空が寺子屋に通うのにも良い顔はしなかった。
