
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第8章 第二話・其の四
「私は本気だ」
耳許で囁かれ、美空は身を強ばらせた。
聞いてはならぬことを聞いてしまった―、そんな気がする。
「私は孝俊さまの妻です」
懸命に抗いながら言うと、俊昭がふっと笑った。
「そのようなことは私には関わりない。本気で欲しいと思う女がいれば、奪うまで」
「止めて下さい。そのような愚かなことをなされば、あなたさまの身の破滅になります」
仮にも尾張藩主の正室を力づくで犯したなぞと露見すれば、俊昭はただでは済まない。
が、俊昭は美空を抱く手にいっそう力を込めた。
「この想いが遂げられるなら、たとえ、この身は破滅しても構わぬ。美空どの、私は、どうやら、そなたに本気で惚れたようだ。私がこれまで口説いた女の中で、あれほど手厳しく撥ねつけた女はいなかった。これまで、なよなよとした女しか見たことはなかったが、世の中にはこのような真っすぐな女もいるのだと、眼が覚めたような想いがしたぞ。そのの度胸の良さに私は惚れたのだ」
かき口説く俊昭が美空をいっそう引き寄せた。俊昭の顔が近付いてくる。
「いやっ」
美空は渾身の力を込めて、男の身体を突き飛ばした。不意打ちを食らった俊昭の手が一瞬、美空から離れる。その隙に、美空は急いで後ずさり、俊昭から距離を置いた。
「これ以上、お近づきになれば、今この場で舌を噛み切って死にまする」
美空が敢然として言うと、俊昭は気圧されたように、伸ばしかけた両手を引っ込めた。
「頼むから、そんなに私を嫌わないでくれ。私は真剣だ」
「私は尾張藩主徳川孝俊公の妻です。孝俊さまを裏切るような真似は絶対にできませぬ」
美空が断じるのに、俊昭が叫んだ。
「何故だ、何故、美空どのは、そこまであの男に肩入れする? あなたはいつも泣いている。初めて逢った日も泣いていたではないか。私は、そんなあなたが不憫でならぬ。孝太郎どのは、どうして、あなたを泣かせるのだ? 泣いている美空どのに、どうして泣いているのかと問うてやらない? 私なら、自分の女房をそんな風に放っぽり出して泣かせたりはしない。あやつは昔からそうだ。自分勝手で、我が儘で、自分のしたいように生きている。だが、あいつの周りにいる人間は、いつもそんなあいつに振り回されっ放しだ」
耳許で囁かれ、美空は身を強ばらせた。
聞いてはならぬことを聞いてしまった―、そんな気がする。
「私は孝俊さまの妻です」
懸命に抗いながら言うと、俊昭がふっと笑った。
「そのようなことは私には関わりない。本気で欲しいと思う女がいれば、奪うまで」
「止めて下さい。そのような愚かなことをなされば、あなたさまの身の破滅になります」
仮にも尾張藩主の正室を力づくで犯したなぞと露見すれば、俊昭はただでは済まない。
が、俊昭は美空を抱く手にいっそう力を込めた。
「この想いが遂げられるなら、たとえ、この身は破滅しても構わぬ。美空どの、私は、どうやら、そなたに本気で惚れたようだ。私がこれまで口説いた女の中で、あれほど手厳しく撥ねつけた女はいなかった。これまで、なよなよとした女しか見たことはなかったが、世の中にはこのような真っすぐな女もいるのだと、眼が覚めたような想いがしたぞ。そのの度胸の良さに私は惚れたのだ」
かき口説く俊昭が美空をいっそう引き寄せた。俊昭の顔が近付いてくる。
「いやっ」
美空は渾身の力を込めて、男の身体を突き飛ばした。不意打ちを食らった俊昭の手が一瞬、美空から離れる。その隙に、美空は急いで後ずさり、俊昭から距離を置いた。
「これ以上、お近づきになれば、今この場で舌を噛み切って死にまする」
美空が敢然として言うと、俊昭は気圧されたように、伸ばしかけた両手を引っ込めた。
「頼むから、そんなに私を嫌わないでくれ。私は真剣だ」
「私は尾張藩主徳川孝俊公の妻です。孝俊さまを裏切るような真似は絶対にできませぬ」
美空が断じるのに、俊昭が叫んだ。
「何故だ、何故、美空どのは、そこまであの男に肩入れする? あなたはいつも泣いている。初めて逢った日も泣いていたではないか。私は、そんなあなたが不憫でならぬ。孝太郎どのは、どうして、あなたを泣かせるのだ? 泣いている美空どのに、どうして泣いているのかと問うてやらない? 私なら、自分の女房をそんな風に放っぽり出して泣かせたりはしない。あやつは昔からそうだ。自分勝手で、我が儘で、自分のしたいように生きている。だが、あいつの周りにいる人間は、いつもそんなあいつに振り回されっ放しだ」
