
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第8章 第二話・其の四
その二日後の夕刻、美空の居室で孝俊と美空は庭を眺めていた。徳千代が二人の前を覚束ない脚取りでよちよちと歩いている。愛盛りの我が子を見つめる孝俊のまなざしは蕩けるようだ。
この一人息子を、孝俊は溺愛している。美空がもう少し厳しく育てた方が良いのではと言っても、これに関してだけは聞く耳を持たない頑固さだ。
「徳千代、大分、あんよが上手になったな」
相好を崩す孝俊は機嫌が良い。例の話をするならば今しかないと思い、覚悟を決めた。
「殿、折り入ってお話がございます」
「何だ?」
美空の方は見ようともせぬ良人に、美空はやや声を高くした。
「大切なご用件にござります」
「大切な用だと? 俺にとって、徳千代と遊ぶ時間より大切なものなどないぞ」
それでも、徳千代を構っている孝俊に、美空は耳許で怒鳴った。
「お願いでございますから、お聞き下さいませ」
「おい、いきなり耳許で大声を出すな」
孝俊が素っ頓狂な声を上げる。
「何だ、何だ、つまらぬ」
まるで聞き分けのない子どものようなことを言いながら、孝俊が徳千代を膝に抱き上げる。大好きな父親の膝に陣取り、徳千代はご機嫌で、キャッキャとはしゃいでいる。
「―で、一体、何がどうしたというのだ?」
孝俊に問われ、美空は小さく息を吸い込む。
「殿、そろそろ、お側にお仕えする奥女中をもう少し増やしてはいかがにございましょう」
「それは、いかなる意味か?」
徳千代を膝に載せた孝俊は、庭を見つめている。穏やかに訊ねられ、美空は唇を噛んだ。
少しの逡巡の後、勇気を出して応える。
「つまり、それは―」
口ごもり、それでも、ありったけの勇気をすべてかき集めて、ひと息に言った。
「お義母上さまの御許に、眉目も良き心映えも優れたる評判の娘がおるそうにございます。碓井安兵衞どのの娘にて、身許もしっかりとしておることもあり、是非、殿のお身回りのお世話をするお付き女中となさってはいかがかと」
「そのようなものは要らぬ」
にべもなく拒絶され、美空は言葉を失った。
この一人息子を、孝俊は溺愛している。美空がもう少し厳しく育てた方が良いのではと言っても、これに関してだけは聞く耳を持たない頑固さだ。
「徳千代、大分、あんよが上手になったな」
相好を崩す孝俊は機嫌が良い。例の話をするならば今しかないと思い、覚悟を決めた。
「殿、折り入ってお話がございます」
「何だ?」
美空の方は見ようともせぬ良人に、美空はやや声を高くした。
「大切なご用件にござります」
「大切な用だと? 俺にとって、徳千代と遊ぶ時間より大切なものなどないぞ」
それでも、徳千代を構っている孝俊に、美空は耳許で怒鳴った。
「お願いでございますから、お聞き下さいませ」
「おい、いきなり耳許で大声を出すな」
孝俊が素っ頓狂な声を上げる。
「何だ、何だ、つまらぬ」
まるで聞き分けのない子どものようなことを言いながら、孝俊が徳千代を膝に抱き上げる。大好きな父親の膝に陣取り、徳千代はご機嫌で、キャッキャとはしゃいでいる。
「―で、一体、何がどうしたというのだ?」
孝俊に問われ、美空は小さく息を吸い込む。
「殿、そろそろ、お側にお仕えする奥女中をもう少し増やしてはいかがにございましょう」
「それは、いかなる意味か?」
徳千代を膝に載せた孝俊は、庭を見つめている。穏やかに訊ねられ、美空は唇を噛んだ。
少しの逡巡の後、勇気を出して応える。
「つまり、それは―」
口ごもり、それでも、ありったけの勇気をすべてかき集めて、ひと息に言った。
「お義母上さまの御許に、眉目も良き心映えも優れたる評判の娘がおるそうにございます。碓井安兵衞どのの娘にて、身許もしっかりとしておることもあり、是非、殿のお身回りのお世話をするお付き女中となさってはいかがかと」
「そのようなものは要らぬ」
にべもなく拒絶され、美空は言葉を失った。
