
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第9章 第三話〝細氷(さいひょう)〟・其の壱
まさに、誰もが羨むような玉の輿、どころか、巷では美空のことを〝今おんな太閤〟とまで囁いているとか。つまり、その名のごとく、百姓から天下人にまで成り上がった稀代の英雄豊太閤秀吉のように、信じられぬほどの立身を遂げたということらしい。美空が孝俊との間に嫡子徳千代、次いで年子で第二子孝次郞をあげるに及んで、更には〝今おんな太閤出世双六〟どなぞというものまで出始め、これが存外な人気なのだと、美空のお付きの奥女中智(さと)島(しま)が教えてくれた。
これは、美空が江戸の裏店で生まれたところから始まり、孝俊に見初められ、ついには尾張藩主のご簾中に迎えられるまでを双六にしたもので、〝おんな一代記出世双六〟とも呼ばれているという。智島などは誇らしげに話していたものだが、当の美空にとっては我が身のことをあれこれと取り沙汰されるのも煩わしかった。
誰もが美空をこの世の栄華を極めた夢物語の主人公のように言う。しかし、現実として、美空は己れの置かれた境遇が世間で言うように輝かしいものだとは少しも思えなかった。
確かに身分だけは高くなった。奥女中としてお城やお屋敷にご奉公に上がったわけでもないのに、町中で尾張藩の世継に見初められたなどといえば、他人にはおよそ夢のような話に思えるのだろう。
武家の娘であれば、つてを頼り、尾張藩上屋敷に上がって奥向きに仕え、いつかは殿さまのお手つきになることを夢見る。更には殿の御子を生んで〝お腹さま〟になるというのは、文字通り女としての出世双六の上がりになぞらえられる。そういう意味でいえば、いや、世間一般の常識でいえば、美空はまさに女としての滅多とない幸運を掴んだことになる。
が―。人の幸せが果たして、身分や立場で決められるものなのかどうか。その日を過ごすことさえ覚束ないほどの貧しさであれば、心は荒み、笑顔どころではなくなるだろう。ある程度の暮らしのゆとりがあってこその心の豊かさではあるのは判る。しかし、分不相応の幸せは、けして真の幸せとはいえない。この頃、美空はそんなことをよく考えるようになった。
これは、美空が江戸の裏店で生まれたところから始まり、孝俊に見初められ、ついには尾張藩主のご簾中に迎えられるまでを双六にしたもので、〝おんな一代記出世双六〟とも呼ばれているという。智島などは誇らしげに話していたものだが、当の美空にとっては我が身のことをあれこれと取り沙汰されるのも煩わしかった。
誰もが美空をこの世の栄華を極めた夢物語の主人公のように言う。しかし、現実として、美空は己れの置かれた境遇が世間で言うように輝かしいものだとは少しも思えなかった。
確かに身分だけは高くなった。奥女中としてお城やお屋敷にご奉公に上がったわけでもないのに、町中で尾張藩の世継に見初められたなどといえば、他人にはおよそ夢のような話に思えるのだろう。
武家の娘であれば、つてを頼り、尾張藩上屋敷に上がって奥向きに仕え、いつかは殿さまのお手つきになることを夢見る。更には殿の御子を生んで〝お腹さま〟になるというのは、文字通り女としての出世双六の上がりになぞらえられる。そういう意味でいえば、いや、世間一般の常識でいえば、美空はまさに女としての滅多とない幸運を掴んだことになる。
が―。人の幸せが果たして、身分や立場で決められるものなのかどうか。その日を過ごすことさえ覚束ないほどの貧しさであれば、心は荒み、笑顔どころではなくなるだろう。ある程度の暮らしのゆとりがあってこその心の豊かさではあるのは判る。しかし、分不相応の幸せは、けして真の幸せとはいえない。この頃、美空はそんなことをよく考えるようになった。
