
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第9章 第三話〝細氷(さいひょう)〟・其の壱
それでは、孝俊は一体、何を言おうとして、先刻のようなことを言ったのか。ますます良人の真意を計りかねる美空に、孝俊は淡い微笑を浮かべた。
「そなたという花は、市井においても自分なりの花を開かせ、この尾張藩邸においても見事な大輪の花を咲かせた。たとえ、どこに住もうとひたむきに生き、自分だけの花を咲かせる―、俺には到底できぬことだ。美空、俺はそなたのそのひたむきさ、一生懸命さが誇らしくもあり、また少々羨ましくもある。先刻のそなたを妬ましいという話は、そのような意味だ。ゆえに、けして、そなたを非難したりしているわけではない」
「殿―」
美空は大きな眼を見開き、良人を見つめる。
「そちは見かけだけで申せば、大きく変わった。最早、徳平店で暮らしていた頃の美空はどこにもおらぬ。どこから見ても、立派な尾張藩ご簾中であろう。だが、そなたの内面は少しも変わってはおらぬぞ。いかほど垢抜け美しくなろうと、そなたは昔のまま、俺が初めて出逢った頃のままの心を持っている。美空、人の心とはうつろい易いものよ。たとえ、どこにその身があろうと、心根が変わらぬということは難しい。さりながら、そなたは昔のままの純真さ、優しさをいささかも失なっていない。俺にとって、そなたのその変わることのない優しさや素直さがどれだけ安らぎになっているか、当のそなた自身ですら判るまい」
美空当人には全く自覚のないことではあったけれど、孝俊に直截な言葉でそう言って貰えたことは何よりの歓びであった。
「殿、数ならぬ身にそのようなお言葉を賜るとは、私は嬉しうこざいます」
美空が思ったままを口にすると、孝俊は破顔した。
「いや、俺の方こそ、そなたは俺には過ぎた妻だと思うておるぞ」
久方ぶりに眼にする孝俊の屈託ない笑みに、美空の心も浮き立ち、明るくなる。
しかし、次の瞬間、孝俊の声が幾分沈んだ。
「だが、俺は、そなたにまたしても辛き想いをさせることになるやもしれぬ」
その声、まなざしに込められた苦悶に、美空はハッと孝俊を見た。
「そなたという花は、市井においても自分なりの花を開かせ、この尾張藩邸においても見事な大輪の花を咲かせた。たとえ、どこに住もうとひたむきに生き、自分だけの花を咲かせる―、俺には到底できぬことだ。美空、俺はそなたのそのひたむきさ、一生懸命さが誇らしくもあり、また少々羨ましくもある。先刻のそなたを妬ましいという話は、そのような意味だ。ゆえに、けして、そなたを非難したりしているわけではない」
「殿―」
美空は大きな眼を見開き、良人を見つめる。
「そちは見かけだけで申せば、大きく変わった。最早、徳平店で暮らしていた頃の美空はどこにもおらぬ。どこから見ても、立派な尾張藩ご簾中であろう。だが、そなたの内面は少しも変わってはおらぬぞ。いかほど垢抜け美しくなろうと、そなたは昔のまま、俺が初めて出逢った頃のままの心を持っている。美空、人の心とはうつろい易いものよ。たとえ、どこにその身があろうと、心根が変わらぬということは難しい。さりながら、そなたは昔のままの純真さ、優しさをいささかも失なっていない。俺にとって、そなたのその変わることのない優しさや素直さがどれだけ安らぎになっているか、当のそなた自身ですら判るまい」
美空当人には全く自覚のないことではあったけれど、孝俊に直截な言葉でそう言って貰えたことは何よりの歓びであった。
「殿、数ならぬ身にそのようなお言葉を賜るとは、私は嬉しうこざいます」
美空が思ったままを口にすると、孝俊は破顔した。
「いや、俺の方こそ、そなたは俺には過ぎた妻だと思うておるぞ」
久方ぶりに眼にする孝俊の屈託ない笑みに、美空の心も浮き立ち、明るくなる。
しかし、次の瞬間、孝俊の声が幾分沈んだ。
「だが、俺は、そなたにまたしても辛き想いをさせることになるやもしれぬ」
その声、まなざしに込められた苦悶に、美空はハッと孝俊を見た。
