
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第9章 第三話〝細氷(さいひょう)〟・其の壱
この三年間、常に美空の背後に影のように寄り添い、まめやかに仕えてきた。あるときは厳しく、あるときは優しく、心身両面において姉のように美空を支え続けてきた唯一無二の存在であった。智島は若い砌に一度、尾張藩の重臣に嫁いだが、半年で離別、出戻ってきてから御殿奉公に上がり、その才知と機転、行動力でめきめきと頭角を表してきた。なかなかの美貌だが、性格は竹をすっぱりと切ったように潔く、負けず嫌いで豪胆と、いささか女性にしておくのは惜しいほどだ。
実のところ、智島は上屋敷に上がってからというもの、あたかも水を得た魚のごとく生き生きと立ち働いていた。智島ほどの女傑であれば、結婚して人の妻となり狭い家の中で一生を終えることはできなかったに相違ない。女性の生き方として幸せかどうかは判らないが、当の智島自身は美空という得がたい主人にめぐり逢え、また己れの才覚を好きなだけ活かせる職場を得て、まさに言うことなしの充実した日々を送っている。
どうやら、その勝ち気な性格と男も顔負けの行動力が軟弱な前夫とは合わず、離縁の原因となったようだが、美空にとっては、最早主従という立場を越えて心から信頼できる身内同然の腹心である。
次男の孝次郞は、やんちゃな兄に比べて大人しい。今も美空の膝の上に乗り、つぶらな眼でじっと兄の様子を眺めている。
「楓、もっと強く揺らせろ」
徳千代が命じるのに、若い腰元は真顔で首を振る。
「なりませぬ。これ以上強く御馬を揺すれば、若君さまが振り落とされてしまいます」
「いやだ、いやだ。こんなのは面白くない、もっと強く、強く」
徳千代が駄々をこねるのを見かねた美空が幼い我が子を諫めた。
「若君、少々我が儘が過ぎますよ。楓を困らせてはなりませぬ」
徳千代が身をのけぞらせて駄々をこねる。
その拍子に、木馬が一瞬大きく傾き、徳千代の小さな身体は真っ逆さまに畳に落ちた。
「若君さまっ」
楓が狼狽えて、駆け寄る。
派手な鳴き声が響き渡り、楓が蒼褪めた。
「どこか、どこか、お怪我はございませぬか」
美空は吐息をつき、呆れ顔で両手を差しのべた。
実のところ、智島は上屋敷に上がってからというもの、あたかも水を得た魚のごとく生き生きと立ち働いていた。智島ほどの女傑であれば、結婚して人の妻となり狭い家の中で一生を終えることはできなかったに相違ない。女性の生き方として幸せかどうかは判らないが、当の智島自身は美空という得がたい主人にめぐり逢え、また己れの才覚を好きなだけ活かせる職場を得て、まさに言うことなしの充実した日々を送っている。
どうやら、その勝ち気な性格と男も顔負けの行動力が軟弱な前夫とは合わず、離縁の原因となったようだが、美空にとっては、最早主従という立場を越えて心から信頼できる身内同然の腹心である。
次男の孝次郞は、やんちゃな兄に比べて大人しい。今も美空の膝の上に乗り、つぶらな眼でじっと兄の様子を眺めている。
「楓、もっと強く揺らせろ」
徳千代が命じるのに、若い腰元は真顔で首を振る。
「なりませぬ。これ以上強く御馬を揺すれば、若君さまが振り落とされてしまいます」
「いやだ、いやだ。こんなのは面白くない、もっと強く、強く」
徳千代が駄々をこねるのを見かねた美空が幼い我が子を諫めた。
「若君、少々我が儘が過ぎますよ。楓を困らせてはなりませぬ」
徳千代が身をのけぞらせて駄々をこねる。
その拍子に、木馬が一瞬大きく傾き、徳千代の小さな身体は真っ逆さまに畳に落ちた。
「若君さまっ」
楓が狼狽えて、駆け寄る。
派手な鳴き声が響き渡り、楓が蒼褪めた。
「どこか、どこか、お怪我はございませぬか」
美空は吐息をつき、呆れ顔で両手を差しのべた。
