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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第9章 第三話〝細氷(さいひょう)〟・其の壱

「そうだ、大将になりたければ、男の子は、むやみに泣いてはならぬ」
「はい、判りました」
 声を張り上げ返事をする徳千代をそっと降ろし、孝俊はその頭を撫でてやった。
「よし、あい判ったら、それで良い」
 そこで気を利かせた智島が楓に命じて徳千代を別室に連れてゆかせた。智島自身もほどなく孝次郞を連れて退室する。
「どうも、あの子は少し癇が強いようにございます。男の子であれば、伸びやかに育って欲しいと考えておるのでございますが」
 美空が苦笑混じりに言うと、孝俊も頷いた。
「親がどう願おうと、周囲が放っておいてはくれぬものでな。俺は徳千代にしろ孝次郞にしろ、懐の広い大きな男になって欲しいと常々考えておるのだが、家老の碓井を初め、皆、老臣どもが腫れ物に触るように徳千代大事と申し、外の風にも当てたがらぬ有り様だ。あれほどの歳であれば、庭に出て思う存分に身体を動かして遊んだ方が良いのにな。俺などはその点、次男坊で世継などとは無縁の立場であったゆえ、好き放題に遊び回った」
 孝俊は先代孝信の次男、脇腹の所生である。長男の高次は正室宥松院が生んだ子であり、早くに生母を喪った孝俊は宥松院に引き取られたが、継子苛めにあい、辛い幼少時代を過ごした。
「誰もが見向きもしなかった次男坊という立場が幸いしたわけだが、世継というのもなかなか難儀なものだな。亡くなられた兄上も周囲から大切にされすぎて、余計にお身体が弱くなられたというところもあったろう。兄上はよく気楽な立場の俺を羨ましがられていたが」
 その兄高次は生来虚弱で、早世した。そのため、脇腹であった孝俊が嫡子となり、藩主の座につくことになったのだ。継母宥松院との確執は根深く、いまだにこのなさぬ仲の母子の間には深い溝が横たわっている。
「表のことには女子が口出しする気は毛頭ござりませぬが、もう少し徳千代君を伸びやな環境でお育てしたいと存じます」
 現在、徳千代には乳母が付き、奥向きで育てられている。しかし、実質的には守役を命ぜられた安原主税(ちから)がその養育方針を決めるのであって、たとえ美空といえども容易く口は出せない。ちなみに安原主税忠明(ただはる)は古くから尾張家に仕える重臣の家柄で、今年、四十になる。

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