
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第9章 第三話〝細氷(さいひょう)〟・其の壱
反論しようとした孝俊に、誓頼はやんわりと釘を刺した。阿倍誓頼を筆頭とする老中数名の合意、それは即ち、たとえ御三家筆頭尾張藩主たる孝俊とて無下にすることはできぬものだ。
―我等一同、尾張大納言さまのご英明ぶり、世に並ぶものなき賢君ぶりの噂はつとに耳に致しております。その上で、是非とも、貴方さまに次の公方さまにおなり頂きたいと願うておるのでございます。何とぞ、天下万民のため、この国の危急存亡を救うためにもご決断下さりませ。
意欲的に政に携わり、尾張藩においては出来うる限り民の負担を減らすため、年貢の軽減などを実践してきた孝俊の人気は高い。度々氾濫を起こす河川の治水工事を行い、未墾の山地を開墾する農夫を募り、従事者には向こう三年の年貢の免除、更に別途奨励金まで下賜することに取り決めたのも孝俊であった。
加えて政を家臣任せにせず、家柄に拘らず優秀な人材はたとえ身分や生まれが低くとも積極的に引き上げ、登用する新しいやり方も若い藩士たちから絶大な支持を得ていた。藩主となって三年、いまだ一度も国許に帰ってはおらぬのに、尾張本国において、孝俊の人気は鰻上りで、中には〝世に並ぶものなき名君〟と尾張藩中興の英主として讃える者もいた。
海千山千の老中を〝頭の固い爺ィ〟と口汚く罵ってはいても、孝俊が面と向かって阿倍誓頼に刃向かえなかったのは致し方ない。その孝俊の苦渋は美空にもよく理解できる。
孝俊が御三家の当主、尾張藩主であるがゆえに、かえって老中の総意を撥ねつけることはできないのだ。この話を断れば、尾張藩と幕府との間に埋めがたい亀裂が入ることは必定だ。たとえ御三家筆頭尾張家とはいえ、将軍家、ひいては幕府に仇なす気持ちあり、つまり逆心ありと取られる怖れさえある。
要するに、阿倍誓頼に迫られた時、孝俊は将軍職を譲り受ける話を受け容れざるを得なかったのだ。孝俊の取るべき道は一つしかなかった。
孝俊の苦衷は判る。判る―、が、そのことを理性で理解はできても、感情で納得できるかは別問題だろう。
―我等一同、尾張大納言さまのご英明ぶり、世に並ぶものなき賢君ぶりの噂はつとに耳に致しております。その上で、是非とも、貴方さまに次の公方さまにおなり頂きたいと願うておるのでございます。何とぞ、天下万民のため、この国の危急存亡を救うためにもご決断下さりませ。
意欲的に政に携わり、尾張藩においては出来うる限り民の負担を減らすため、年貢の軽減などを実践してきた孝俊の人気は高い。度々氾濫を起こす河川の治水工事を行い、未墾の山地を開墾する農夫を募り、従事者には向こう三年の年貢の免除、更に別途奨励金まで下賜することに取り決めたのも孝俊であった。
加えて政を家臣任せにせず、家柄に拘らず優秀な人材はたとえ身分や生まれが低くとも積極的に引き上げ、登用する新しいやり方も若い藩士たちから絶大な支持を得ていた。藩主となって三年、いまだ一度も国許に帰ってはおらぬのに、尾張本国において、孝俊の人気は鰻上りで、中には〝世に並ぶものなき名君〟と尾張藩中興の英主として讃える者もいた。
海千山千の老中を〝頭の固い爺ィ〟と口汚く罵ってはいても、孝俊が面と向かって阿倍誓頼に刃向かえなかったのは致し方ない。その孝俊の苦渋は美空にもよく理解できる。
孝俊が御三家の当主、尾張藩主であるがゆえに、かえって老中の総意を撥ねつけることはできないのだ。この話を断れば、尾張藩と幕府との間に埋めがたい亀裂が入ることは必定だ。たとえ御三家筆頭尾張家とはいえ、将軍家、ひいては幕府に仇なす気持ちあり、つまり逆心ありと取られる怖れさえある。
要するに、阿倍誓頼に迫られた時、孝俊は将軍職を譲り受ける話を受け容れざるを得なかったのだ。孝俊の取るべき道は一つしかなかった。
孝俊の苦衷は判る。判る―、が、そのことを理性で理解はできても、感情で納得できるかは別問題だろう。
