テキストサイズ

激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第9章 第三話〝細氷(さいひょう)〟・其の壱

 最後は半ば本気、半ば自嘲めいて言った科白であったが、孝俊は真顔で言った。
「美空、いつぞやも申したではないか。知らなければ、学んで知れば良い。道を知らず迷うというのであれば、俺が道しるべとなろう、そなたが迷わぬよう、その手を引いて共に歩いてゆこう。美空、勇気を出してくれ。怖れるのは未知の環境ではなく、それを知る前にむやみに怖れる己れの心ではないか。そなたはけして愚かな女ではない。むしろ、利発で聡明な女子だ。己れがこれよりゆこうとする場所を知ろうする努力もせぬ者であれば不安もあろうが、そなたは、知ろうとする努力を惜しまぬ。ゆえに、俺は、さほどの不安も危惧も抱いてはおらぬぞ」
 孝俊自身がその手を引いて共に歩もうと言ってくれている。これ以上の言葉があるとは思えなかった。それでも。
 美空にはどうしても事実を受け容れることはできなかった。
「できませぬ、私には、どうしてもできませぬ。殿、どうか、こたびだけはお許し下さりませ」
 美空が力なく首を振ると、孝俊の声が大きくなった。
「美空、それは、どういうことだ? どうしてもできぬとは、それは―、俺と別れるということなのか? そなたの口からそのような応えを聞くとは思うてもみなんだぞ。そなたはずっと俺に付いてきてくれるのではなかったのか」
 美空は溢れる涙をぬぐいもせずに、孝俊を見た。
「私だって、叶うことならば、いつまでもお側にいとうございます。されど、もう、ここまでにしたいと思う気持ちも確かにこの心に存在するのです。あなたさまのお側にいれば、私の運命はどんどん変わっていってしまう。流れに流されて、思いもかけぬ方にいって、私はいつも運命に翻弄されてばかり。そんなのはもう厭です。ここまでは私も何とかあなたさまへの想いだけを頼りについて参りましたが、もう、駄目なのです」
―もう、駄目なのです。
 口に出してしまえば、尚更、現実味を増してくるような哀しい言葉だ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ