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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第10章 第三話・其の弐

美空にしてみれば仕立物の内職で我が身一人くらいは暮らしてゆけると踏んでいたのだが、当てが外れた。太吉は江戸からやってくる。何とか仕立物の仕事を紹介して欲しいと頼んだところ、太吉はよく出入りしている呉服問屋〝浪速屋〟の主人誠志郎にそのことを話した。太吉の扱う品の中には、端布だとか、長く売れ残って、汚れたり色あせたりして売り物にならなくなった布などが紛れていることがあった。そういう品を、太吉は浪速屋から格安で仕入れていたのだ。
 誠志郎は美空とは浅からぬ因縁がある。かつて美空の父の呑み友達であり、父弥助の死後、ただ一人残された美空の身を案じ、仕立物の内職仕事を回してくれたりしたことがあった。それどころか、誠志郎は美空に求婚さえしたのだ。
 結局、美空は折角の求婚を丁重に辞退した。当時、美空は十五歳、誠志郎は父と三つ違いの三十一になっていた。が、美空が誠志郎に色よい返事をしなかったのは、何も年齢差でもなく、ましてや誠志郎が嫌いだからというわけではなかった。否、誠志郎に対して、好きとか嫌いとかの感情など、およそ感じたこともなかったし、正直、異性として意識したことすらなかった。それが、求婚を断った理由だった。
 しかし、それ以後も誠志郎は変わらぬ態度で、美空に仕事を紹介し続けてくれ、それを恩に着せるようなことはけしてしなかった。かえって、美空の方が何事もなかったかのような顔でさりげなく援助を続けてくれる誠志郎に対して申し訳ないと感じたほどだったのである。美空が求婚を断ってから後も、誠志郎は徳平店にしばらくは姿を見せていた。だが、遠慮した美空がこれ以上、誠志郎の親切には甘えられないと言うと、あっさりと姿を見せなくなった。
 太吉が誠志郎と知己だったというのも、奇しき縁(えにし)であったのかもしれない。果たして、太吉を仲立ちとして、ひとたびは絶たれていたはずの誠志郎との縁の糸が再び繋がった。

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