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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第10章 第三話・其の弐

 太吉から美空らしい女がこの村にいると聞いた誠志郎は、江戸からはるばる美空を訪ねてきたのだ。あの日、誠志郎と江戸から遠く離れたこの村で再会したときの愕きは今でも忘れられない。
 それからというもの、誠志郎はあるときは太吉と二人で、時には一人でこの村に脚を運んだ。誠志郎の話によれば、美空の存在を誰にも話してはいないという。店を出る際も行く先は告げず、商用で出かけるとだけ言って出てくるため、番頭を初め奉公人たちは、誠志郎に囲う女―つまり妾ができたのではないかと勘繰っているそうだ。―と、これは、太吉が内緒で教えてくれた話である。
 誠志郎は三十八になった今でも、独身であった。
 太吉も口の固い、信用できる男ゆえ、美空の居所が江戸の孝俊に知れることはないだろうと誠志郎は言う。誠志郎はむろん、美空が尾張藩主夫人となったことを知っている。
 美空は誠志郎にだけは、事の子細を打ち明けた。美空の気性として、これだけ親切にしてくれる男に、事情を隠しておくことはできなかった。良人孝俊が次の将軍になることが内定しているのだと告げると、流石に愕きを隠せない様子だった。
―それは、大変なことになったものだねえ。
 いつも感情を露わにすることのない男が、腕組みをして首を傾げたものだった。
 そして、美空から一部始終を聞いた後、誠志郎は笑いながら、嘆息した。
―大抵の女ならば、これまで以上の栄耀栄華ができると歓んで江戸城なり大奥なりに乗り込んでゆきそうなものだが、あれこれ心配して、かえって、それを厭がるとは美空ちゃんらしい。御台さまだなんて、なりたくても、おいそれとなれるものでもないだろうに。
 そう冗談交じりに揶揄するように言ってから、俄に表情を引きしめて言った。
―それにしても、まだ幼い二人の若君さまを江戸に置いてこなければならなかったのは、辛いことだったねえ。

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