
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第10章 第三話・其の弐
この池は〝螢ヶ池〟と呼ばれ、この池を含む辺り一帯は螢の名所として知られることから、〝螢ヶ原〟と呼ばれている。ここから伸びた小道を辿れば、二つに分岐した道まで出て、更にその先までゆくと、主街道に出ることができる。
螢ヶ池は常に蒼い水を満々と湛え、杜若と蓮の名所として、あまりにも有名だ。毎年、五月から七月にかけて咲き誇る花をひとめ見ようと、わざわざ江戸から見物に訪れる旅人がいるほどであった。
冬、十二月、この村は沈黙の世界と化す。雪に閉ざされ、しばしの眠りにつくかのように、静まり返る。
止むことのない雪は、池の水面にも静かに降り注いでいる。
とうに花は枯れ、池には蓮の長い茎が残るのみ。寒さがいっそう増した冬の日、雪はただ音もなく蓮の枯れあとに降り積む。
美空は辻堂の一歩手前で、声の限りに叫んだ。
「待って、誠志郎さん、待って下さい」
足早に歩いていた誠志郎がつと歩みを止める。
美空は既に膝の辺りまで積もった雪の中を、まろぶように走った。
「どうしたんだ、美空ちゃん」
流石に誠志郎も愕いたように眼を見開いている。美空は傘も持たず、雪がその髪や肩に降り積もるのも眼中にはなかった。
「あの―、これ、良かったらお持ち下さい」
美空が懐から取り出したのは、小さな巾着だった。過ぐる日、村に来た太吉から買った端布(はぎれ)で作ったものだ。
「これは?」
改めて美空の顔を見つめ返す誠志郎に、美空は微笑む。
「あのお堂は弘法大師さまをお祀りしてあると聞いていますが、誰でも、好きなときにお詣りして中にも入れるようになっているんです。村外れの山の上のお寺から庵主さまが時折降りていらして、お守りなどを置いてゆかれるのですよ。欲しい人は、お供えを幾らか差し上げれば、お守りやお札を頂けるので、私、一つ頂いてきたんです」
螢ヶ池は常に蒼い水を満々と湛え、杜若と蓮の名所として、あまりにも有名だ。毎年、五月から七月にかけて咲き誇る花をひとめ見ようと、わざわざ江戸から見物に訪れる旅人がいるほどであった。
冬、十二月、この村は沈黙の世界と化す。雪に閉ざされ、しばしの眠りにつくかのように、静まり返る。
止むことのない雪は、池の水面にも静かに降り注いでいる。
とうに花は枯れ、池には蓮の長い茎が残るのみ。寒さがいっそう増した冬の日、雪はただ音もなく蓮の枯れあとに降り積む。
美空は辻堂の一歩手前で、声の限りに叫んだ。
「待って、誠志郎さん、待って下さい」
足早に歩いていた誠志郎がつと歩みを止める。
美空は既に膝の辺りまで積もった雪の中を、まろぶように走った。
「どうしたんだ、美空ちゃん」
流石に誠志郎も愕いたように眼を見開いている。美空は傘も持たず、雪がその髪や肩に降り積もるのも眼中にはなかった。
「あの―、これ、良かったらお持ち下さい」
美空が懐から取り出したのは、小さな巾着だった。過ぐる日、村に来た太吉から買った端布(はぎれ)で作ったものだ。
「これは?」
改めて美空の顔を見つめ返す誠志郎に、美空は微笑む。
「あのお堂は弘法大師さまをお祀りしてあると聞いていますが、誰でも、好きなときにお詣りして中にも入れるようになっているんです。村外れの山の上のお寺から庵主さまが時折降りていらして、お守りなどを置いてゆかれるのですよ。欲しい人は、お供えを幾らか差し上げれば、お守りやお札を頂けるので、私、一つ頂いてきたんです」
