
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第10章 第三話・其の弐
村の背後にそびえる山の頂には、小さな尼寺がある。その寺にはもうかなりの老齢の尼僧が一人で暮らしていた。美空も一度だけ顔を見かけたことがあるが、品の良い柔和な顔立ちをした老尼である。
村人たちの噂によれば、江戸から来た、元は武家の奥方であった女性らしい。すれ違った美空にも気さくに声をかける様子は、小さな村を守るようにひっそりと立つ山の寺の庵主にふさわしいように思えた。
美空は小さな巾着をそっと誠志郎に渡した。
「袋は私が手作りしたものですけど、中には小さなお札が入ってます。何でも身代わりのお守りだとかで、持ち主に災難が起こりそうになったときは、代わりに引き受けてくれるのだそうです」
「そいつは嬉しいな、ありがたく貰っておくよ」
誠志郎は押し頂くように美空の差し出した巾着を受け取った。しばし無言でそれを見つめ、大切そうに懐にしまう。
ふと誠志郎が視線を動かし、音もなく降り積もる雪を載せる螢ヶ池を見た。
ひっそりと佇む御堂、雪を積もらせる蓮の枯れあと。
まだ夕刻に相違ないのに、既に夜を思わせる暗さの中で、雪の白さがひそやかに浮かび上がっていた。
「綺麗だね」
誠志郎が呟いた。
「美空ちゃんの家の前で見た細氷も綺麗だったけど、私にはこの光景が格別のものに見えるよ。雪は不思議な魔力を秘めている。この池も雪が降るまでは、枯れた蓮が逝ってしまった夏の名残をとどめ、侘びしいだけの光景だったろうに、うっすらと雪化粧しただけで、こんなにも綺麗に見違えるように生まれ変わるのだからね」
確かに誠志郎の言うとおりだった。冬枯れした侘びしい風景がひろがるばかりだったのに、風情豊かに一変し、幻想的な白い世界に甦っている。
村人たちの噂によれば、江戸から来た、元は武家の奥方であった女性らしい。すれ違った美空にも気さくに声をかける様子は、小さな村を守るようにひっそりと立つ山の寺の庵主にふさわしいように思えた。
美空は小さな巾着をそっと誠志郎に渡した。
「袋は私が手作りしたものですけど、中には小さなお札が入ってます。何でも身代わりのお守りだとかで、持ち主に災難が起こりそうになったときは、代わりに引き受けてくれるのだそうです」
「そいつは嬉しいな、ありがたく貰っておくよ」
誠志郎は押し頂くように美空の差し出した巾着を受け取った。しばし無言でそれを見つめ、大切そうに懐にしまう。
ふと誠志郎が視線を動かし、音もなく降り積もる雪を載せる螢ヶ池を見た。
ひっそりと佇む御堂、雪を積もらせる蓮の枯れあと。
まだ夕刻に相違ないのに、既に夜を思わせる暗さの中で、雪の白さがひそやかに浮かび上がっていた。
「綺麗だね」
誠志郎が呟いた。
「美空ちゃんの家の前で見た細氷も綺麗だったけど、私にはこの光景が格別のものに見えるよ。雪は不思議な魔力を秘めている。この池も雪が降るまでは、枯れた蓮が逝ってしまった夏の名残をとどめ、侘びしいだけの光景だったろうに、うっすらと雪化粧しただけで、こんなにも綺麗に見違えるように生まれ変わるのだからね」
確かに誠志郎の言うとおりだった。冬枯れした侘びしい風景がひろがるばかりだったのに、風情豊かに一変し、幻想的な白い世界に甦っている。
