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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第10章 第三話・其の弐

 孝俊は美空のすぐ後ろから、ぴったりと張り付いてきた。歩く間も、二人は何も言葉を交わさず、ただ黙々と歩き続ける。
 雪が降り続いたせいか、まばらに建つ藁葺き屋根の家々は表戸を閉ざし、ひっそりと静まり返っている。道を歩いていても、村人に行き逢うことはなかった。
 やがて、雪の積もった道をひたすら歩いていると、村の外れに出た。辻堂の前から真っすぐに伸びた一本道は更に緩やかな斜面に続き、美空の家の手前で終わる。
 美空の後に続き、孝俊も家の中に脚を踏み入れた。遠慮や躊躇いは一切感じさせない、迷いのない態度で上がり込むと、板の間にどっかりと腰を下ろし、胡座を組む。
 美空は三和土にうずたかく積んである薪を数本取ってくると、囲炉裏に放り込んだ。弱まっていた焔が再び音を上げ、勢いよく燃え上がる。パチパチと音を立て、火の粉が舞う様を美空は無言で見つめた。
 孝俊は、冷めた眼で家の中をしきりに眺め回している。その探るようなまなざしは、孝俊の与り知らぬ美空の過ごしてきたこの半年間を改めて吟味しているかのようでもあった。
 けして広くはない板敷きの間全体に、かすかに芳しい匂いが立ち込めている。
 美空が愛用している荷(か)葉(よう)の香であった。
 美空は京の近衛家から遣わされた教育係瀬川から実に様々なことを学んだ。その中にはもとより、深窓の姫君のたしなみの一つとされる香合わせも含まれていた。荷葉の香りは、瀬川に教えられながら美空が独自に調合したもので、初夏に花開く睡蓮の香りを思い起こさせるものだ。
―この香りをきいておりますと、何やらご簾中さまの蓮の花のような、たおやかなお姿を彷彿とさせられるようにございます。真に、良い香りを合わせられました。
 清楚で爽やかな中にも、艶めきが加わり、それを焚いてみせると、師である瀬川にも賞められたものだ。

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