
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第2章 其の弐
当時、長屋住まいの娘であってみれば、仮名の読み書きができるだけでたいしたものであった。が、美空にしてみれば、男に愚かな娘と思われたのではないかと考えると、哀しかった。
男の笑みが深くなり、いっそう優しげなものになる。
「気にすることはない。知らなければ、憶えれば良い。これは、万葉集といって、はるか昔の歌人が詠んだ恋の歌です」
「恋の歌?」
美空は大きな眼を更に瞠った。
「そう、意味としては、昨夜逢ったばかりのあなたに、一夜のうちに恋に落ちるなんて自分でも信じられないと、まァ、こんなところかな」
「―」
美空は愕きのあまり、声も出ない。
美空の愕きをよそに、男は淡々と続けた。
「きっと、この歌を詠んだ男は、自分でも自分の気持ちを持て余していたのでしょうね。昨日、逢ったばかりの女人に、気が付いたら、もう恋してしまっていた。そんな我が身が自分ですら、どうにも信じられないと愕いていたのではないかな」
美空は茫然として眼前の男を見つめた。
―この男(ひと)は、どうして私にそんな話をするのだろう。
男の真意を計りかね、美空は当惑して男を見返す。だが、男の意図を訝る気持ちとは裏腹に、美空が口にしたことは自分ですら何とも予期せぬものだった。
「まるで、私の気持ちをそのまま言い当てたような歌です」
男の視線が一瞬揺れ、美空の方に向けられる。
美空は、うつむいた。どうも、この男の視線を真正面から受け止めるのは苦手だ。あまりのまなざしの深さに、心の奥底まで見透かされてしまいそうで。
「あなたの気持ちとは?」
畳みかけるように訊ねられ、美空は消え入るような声で応える。
「あなたに今、ここでお逢いするまで、私は、そのように―あなたのことばかりずっと考えていました」
まるで、自分以外の誰かが喋っているようだ―と、美空は我が身の言葉を他人のもののように聞いていた。
男の笑みが深くなり、いっそう優しげなものになる。
「気にすることはない。知らなければ、憶えれば良い。これは、万葉集といって、はるか昔の歌人が詠んだ恋の歌です」
「恋の歌?」
美空は大きな眼を更に瞠った。
「そう、意味としては、昨夜逢ったばかりのあなたに、一夜のうちに恋に落ちるなんて自分でも信じられないと、まァ、こんなところかな」
「―」
美空は愕きのあまり、声も出ない。
美空の愕きをよそに、男は淡々と続けた。
「きっと、この歌を詠んだ男は、自分でも自分の気持ちを持て余していたのでしょうね。昨日、逢ったばかりの女人に、気が付いたら、もう恋してしまっていた。そんな我が身が自分ですら、どうにも信じられないと愕いていたのではないかな」
美空は茫然として眼前の男を見つめた。
―この男(ひと)は、どうして私にそんな話をするのだろう。
男の真意を計りかね、美空は当惑して男を見返す。だが、男の意図を訝る気持ちとは裏腹に、美空が口にしたことは自分ですら何とも予期せぬものだった。
「まるで、私の気持ちをそのまま言い当てたような歌です」
男の視線が一瞬揺れ、美空の方に向けられる。
美空は、うつむいた。どうも、この男の視線を真正面から受け止めるのは苦手だ。あまりのまなざしの深さに、心の奥底まで見透かされてしまいそうで。
「あなたの気持ちとは?」
畳みかけるように訊ねられ、美空は消え入るような声で応える。
「あなたに今、ここでお逢いするまで、私は、そのように―あなたのことばかりずっと考えていました」
まるで、自分以外の誰かが喋っているようだ―と、美空は我が身の言葉を他人のもののように聞いていた。
