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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第11章 第三話〝花笑み~はなえみ~〟・其の参

 それから十日余りを経たある朝のことである。
 美空は自室の縁近くに座り、庭を眺めていた。年は改まり、松ノ内も過ぎ、江戸の町は漸く正月気分も抜けた。
 不思議なもので新しい年になると、まだ冬のただ中だというのに、陽光にも明るさ、力強さが増してきたように感じられる。つまりは、それだけ新年を迎えた人の心が希望に溢れているということなのだろう。
 だが、陽光が日毎に春めいてくるとはいえ、まだ真冬であることに変わりはない。なのに、美空は凍てつくような寒さに頓着もせず、障子戸を開け放っている。戸外の冷気が部屋に流れ込んでくるのも構わず、延々と何刻でも座り込んでいるのだ。
 二人の幼い若君が乳母に連れられてこの部屋に来るときだけは美空も微笑を浮かべているれど、その微笑みが上辺だけのものであることは明白だ。たとえ表面は笑んでいても、その双眸は光を失ったように虚ろなことを、このお側去らずの侍女はちゃんと見抜いていた。
 ご簾中付きの智島は、今も気遣わしげにそんなご簾中を傍から守っていた。
 小庭には、梅の花が早くも花を付け始めている。白い清(さや)かな花がちらほらと咲いて、陽の光が降り注いでいる様が早い春の訪れを告げているようだった。
「ご簾中さま、そろそろ障子をお閉め致しましょう」
 智島が控えめに声をかける。
 それでも、美空は身じろぎもせず、ただ虚ろな視線を泳がせているだけだ。
 庭を眺めているようでも、恐らくは、この美しきご簾中の瞳は何も映してはいないのだと智島にだけは判っていた。
「ご簾中さま」
 何度目かに呼びかけで、美空はやっと振り向いた。
「ああ、智島か」
 と、ずっと傍に控えていた智島の存在に今初めて気付いたように言う。
 だが、それもいつものことゆえ、智島は敢えて何も言わない。

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