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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第11章 第三話〝花笑み~はなえみ~〟・其の参

 美空は、この忠実無比な侍女の顔をじっと見つめた。智島は以前にもまして、美空にとっては欠くべからざるひとになっている。
 二十日ほど前にこの屋敷に戻ってきた時、美空は智島に詫びた。あれほどまめやかに仕えてくれていた智島にでさえ、美空は何も告げずに屋敷を出てしまったのだ。だが、智島は美空に何も言わなかった。美空が取った一切の行動について、非難めいた言葉一つ口にしない。
 ひたすら詫びる美空の手を取り、涙ながらに言ったのだ。
―ご簾中さまの御身がご無事で何よりにございました。されど、ご簾中さま、これより後は、けしてこのようなことはなさらないで下さいませ。お悩みがおありであれば、この智島に何なりとお打ち明け下さいまし。
 その心からの言葉は、美空の心に滲みた。
 以来、美空は昔と変わらず智島を姉とも思い、頼りにしている。
 智島は障子を閉めると、手焙りの炭をかき熾してから美空の傍に戻ってきた。
「ご簾中さま、このことはお伝え申し上げた方が良いかどうか、随分と思案致しましたが、やはり、お知らせしようと存じまする」
 美空が頷くと、智島は居室の襖を開けた。人がおらぬことを確かめてから、襖を元どおりに閉め、再び美空の傍に控える。
 何かよほど重要な話に違いない―それも他言をはばかる話に相違ない。
「いかがしたのじゃ」
 美空が訝しげに問う。
 智島は膝行し、更に近付くと、声を低めた。
「ご簾中さまは浪速屋という商人をお見知りおきでいらせられますか?」
 智島の口から浪速屋誠志郎の名が出るとは予測もしていなかっただけに、美空は一瞬、表情を凍らせた。
「智島―」
 物言いたげに見つめた主を、智島は真摯な眼で見返す。
「その浪速屋なる商人でございますが、さる師走の半ばにみまかっておりまする」
「―智島、今、今何と申した?」
 美空は唇を震わせた。
 衝撃のあまり、身体中の血が逆流しそうだ。

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