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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第11章 第三話〝花笑み~はなえみ~〟・其の参

 しかし、よもや生命を失っていたとまでは想像だにしなかった。
―私のせいだ。
 美空は奈落の底に突き落とされた。
 あの時、誠志郎を引き止めておけば、むざと生命を落とすことはなかった。
―私があの男(ひと)を殺したのも同然だ。
 どうして、あの日、誠志郎に泊まってゆくように言わなかったのか。自分から泊まっていって欲しいとは言い出せず、つまらぬ躊躇いから、誠志郎を死に追いやることになってしまったとは!
 涙が次々に溢れてきて、白い頬をつたい落ちた。
 幾ら後悔しても後悔し切れない。誠志郎は何の見返りも求めることなく、美空のために江戸から螢ヶ池村までの遠い道のりを旅してきていた。そのために吹雪に遭い、不幸にも生命を落としたのだ。
 今更、亡き誠志郎に何度詫びたところで、取り返しのつかぬことであった。
 美空は両手で顔を覆い、慟哭した。泣きじゃくる美空の耳に、智島の静かな声が聞こえてくる。
「浪速屋なる商人、ご簾中さまにとって、大切なお方と拝察申し上げました。それゆえ、こうしての彼(か)の方のご消息をひそかにお伝え参らせることに致しましてございます」
 恐らく、智島は美空と浪速屋誠志郎との拘わりを知っているに相違ない。家老の碓井主膳を初め、主だった重臣たちは、美空が藩邸を出てからの動向を逐一、知らされているのだろう。だとすれば、智島が美空と浪速屋のことを知っていたとしても何の不思議もない。智島は愕くべきほどの情報収集能力を持っている。表の重臣たちの中の誰かから、そういった情報を入手することも容易かろう。
 ご簾中さまにとって、大切なお方―、まさに智島らしい言い様だ。〝大切なお方〟という表現には様々な意味合いがこもっているのであろうことは、美空にだとても判る。智島が美空と浪速屋の間をどのように理解しているのかまでは判らぬが、勘の良い彼女のことだ、誠志郎が美空にとって何らかの意味を持つ重要な存在であったことは察しているのだろう。

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