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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第11章 第三話〝花笑み~はなえみ~〟・其の参

 孝次郞は物静かで、まだ漸く三歳ながら、利発で思慮深い子であった。一方、兄の徳千代は身体を動かすのが性にあっていて、学問は苦手だ。
 そのときは、徳千代が手鞠で遊ぶ弟をからかっていた。
 五色の糸でかがった美しい手鞠を高々と掲げ、徳千代がはやしたてる。
「おーい、鞠を返して欲しければ、ここまで取りに来い」
 鞠を突然、横から奪われた孝次郞は泣きそうな顔になって、恨めしげに兄を見つめていた。
「徳千代君。なりませぬ」
 美空が怖い顔でたしなめると、徳千代は軽く肩をすくめる。
「母上、孝次郞は女子のようにございます。男のくせに、手鞠なぞで嬉しげに遊ぶとは見苦しうござります」
 まだ回らぬ舌で生意気に一人前のことを言う徳千代に、美空は微笑んだ。
「そのようなことはありませんよ。手鞠で遊ぶのは姫だけと決められているわけではございませんもの。徳千代君、徳千代君は兄君ゆえ、弟をそのように苛めるのは、それこそ男らしうはございませぬぞ」
 〝立派なおん大将になる〟のが夢の徳千代としては、大好きな母に男らしくないと言われるのは何より悔しい。
 孝俊に似た眼許に大粒の涙が盛り上がった。
「さあ、徳千代君。孝次郞に鞠を返しておあげなさいませ」
 美空に言われ、徳千代が差し出した手鞠を孝次郞が小さな手で受け取る。
「二人しかおらぬ兄弟なのですから、喧嘩をしてはなりませぬ。仲よう致さねばなりませぬよ」
 美空がそう言って幼い二人の頭を撫でてやったときのこと、襖が開き、智島が本を持ってきた。
「ご簾中さま、はやり、このご本はご簾中さまの方から殿にお返しなさるのが良いのではないかと存じますが」
 打掛の裾をさばいて座った智島は、恭しく一冊の本を差し出した。
 それは、孝俊が置き忘れていった書物だった。

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