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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第11章 第三話〝花笑み~はなえみ~〟・其の参

 昨日の夕刻、孝俊が突如として美空の許に渡った。以前ならその時刻に訪れ、二人で夕餉を共にすることもあったのだが、今はそんなことがあるはずもない。
 ゆえに、極めて異例のことだった。どうやら、孝俊は何を思ったか、美空と二人で夕餉を取る気になったらしい。戻ってきて以来、殿とご簾中さまのご夫婦仲が良くないことを案じていた智島などはたいそう歓び、人払いをして、二人が夫婦水入らずの刻を過ごせるように取りはからった。
 が、智島の折角の心遣いも無駄に終わった。
 孝俊と向かい合った美空は終始黙り込み、ひと言も発しようとはしなかった。頑なな態度を見せる妻を扱いかねたらしく、孝俊もまたひたすら膳のものをつつくだけだった。結局、二人だけの夕餉は、葬式が通夜のような静かな、気詰まりなものになってしまった。
 孝俊は膳のものを半分も残し、さっさと席を立ち表に戻った。その夜は、孝俊のお渡りもなかった。その際、美空の許を訪れた孝俊が小脇に抱えていた書物をそのまま部屋に忘れていったのだ。
 智島が控えめだけれど、きっぱりと確信に満ちた口調で言上する。その時、徳千代と孝次郞の乳母が迎えにきて、二人の若君は乳母に連れられ、それぞれ部屋に戻っていった。
 そろそろ夕刻近い。
 今宵もまた孝俊のお渡りはないのかもしれないと思うと、美空は落胆よりも安堵を憶える。つまりは、それだけ孝俊との仲が冷え切っているということなのだが、美空はこのまま互いの心が離れてゆくのも致し方ないと考えていた。
 あのようなことがあった後で、二人の心が昔のように寄り添い合えるとは思えない。
 いずれ、孝俊も側室を持つときが来るだろう。そうなればなったで、美空は辛い夜伽からも解放され、孝俊と膚を合わせなくても済む。たとえ意には添わぬ生活でも、徳千代と孝次郞の母として生きてゆくことだけを考えれば良い。そんな日が来ることを、美空はどこかで願っているのかもしれなかった。

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