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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第11章 第三話〝花笑み~はなえみ~〟・其の参

孝俊の態度が硬化したのは、浪速屋誠志郎の存在が明らかになってからのことである。丁度その頃、ひそかに美空のゆく方を探らせていた忍びがついに美空の居所を掴んだ。
 そして、江戸から遠く離れた螢ヶ池村に隠棲する美空の許に、男が頻繁に訪れていることも併せて報告された。その男こそが、浪速屋誠志郎であった。
 美空を信じようとする心と嫉妬の間で、孝俊もまた苦しんでいたのだ。智島の話からは、今初めて知る孝俊の深い懊悩と葛藤が窺い知れた。
「ご簾中さまのご消息が知れぬ間中、殿はそのおん自らお書き写しになった万葉集をよくご覧になっておいでにございました」
 ある時、孝俊がふと洩らした言葉を、智島は忘れられなかった。孝俊は女主人が不在の部屋を度々訪れ、ここでこの本を読みふけっていた。
 美空のいないこの部屋で、美空の面影を想いながら、二人を結びつけたこの歌を繰り返し読み返していたのだ。
―この歌は、俺と美空の想い出の歌だ。俺が美空に最初に教えたのが、この歌なのだ。
 それは、孝俊が智島に向けてというよりは、自分自身に言い聞かせているような一人言であった。
 それでも、この若き藩主がこの恋の歌をどのような想いで妻に贈り、今また、どのような気持ちで幾度も読み返しているかは智島にも想像できた。
 この時、孝俊が心から美空を愛し、必要としているのだと、その想いの深さ、烈しさを思い知ったのだ。
「どうか殿のご苦衷をご理解して差し上げて下さいませ」
 あまりにも烈しい愛は時として、憎悪にも変わる。だが、美空には、孝俊の真の気持ちを、想いを判って欲しいと智島は切に願った。

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