
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第11章 第三話〝花笑み~はなえみ~〟・其の参
玉ゆらに 昨日の夕見しものを
今日の朝に恋ふべきものか
美空は改めて視線を書物に向ける。心の中であの想い出の歌をそっと口ずさんでみた。 まるでこの歌が記憶の封印を解きはなったかのように、記憶が巻き戻されてゆく。
孝俊と初めてめぐり逢った日のこと、恋に落ち、この男の傍にずっといたいと一途に願ったあの日。
孝俊の傍にずっといられるなら、たとえ、どんな試練であろうと苦難であろうと耐えてみせると固く誓ったのではなかったのか。
「ご無礼は承知で申し上げまする。どうか、お二人の御子さまのおんためにも、そして、この尾張藩五十万石のゆく末のためにも、殿ともう一度、お心をお通わせになっては下さいませ。この智島、忠心より申し上げます」
美空の立場は、美空一人のものではない。尾張藩のご簾中、一国の藩主の妻とは、藩主の伴侶であると同時に、藩主を陰ながら支え、共に国を守ってゆく礎ともなるべき存在なのだ。
「ご簾中さまは次の尾張藩主のご生母さま、国母さまにおわします。ましてや、殿は万が一には、公方さまにもなられるべき尊い御身、当家のお殿さまが公方さまにおなりにならるるそのときは、ご簾中さまは真にこの日の本の国の御国母におなりあそばされるのでございます。この大事なるときこそ、ご簾中さまのお力と存在が殿のお支えとなられるかと存じまする」
夫婦喧嘩も国の大事となりかねない、国を傾け滅ぼす一因ともなり得る―、つまりは、美空の今置かれている立場は、それほど微妙なものなのだ。美空は改めて智島に教え諭された想いだった。
―もう一度だけ信じてみよう。
人は変わり、その心はうつろう。だが、うつろいゆく季(とき)の中で、人はもがきながらも、日々精一杯生きてゆく。
ならば、己れも流されるだけでなく、奔流の中で思いきりあがいてみよう。時代という、運命という烈しい流れの中で懸命に生きてみよう。
この瞬間、美空の心にある決意が生まれた。
今日の朝に恋ふべきものか
美空は改めて視線を書物に向ける。心の中であの想い出の歌をそっと口ずさんでみた。 まるでこの歌が記憶の封印を解きはなったかのように、記憶が巻き戻されてゆく。
孝俊と初めてめぐり逢った日のこと、恋に落ち、この男の傍にずっといたいと一途に願ったあの日。
孝俊の傍にずっといられるなら、たとえ、どんな試練であろうと苦難であろうと耐えてみせると固く誓ったのではなかったのか。
「ご無礼は承知で申し上げまする。どうか、お二人の御子さまのおんためにも、そして、この尾張藩五十万石のゆく末のためにも、殿ともう一度、お心をお通わせになっては下さいませ。この智島、忠心より申し上げます」
美空の立場は、美空一人のものではない。尾張藩のご簾中、一国の藩主の妻とは、藩主の伴侶であると同時に、藩主を陰ながら支え、共に国を守ってゆく礎ともなるべき存在なのだ。
「ご簾中さまは次の尾張藩主のご生母さま、国母さまにおわします。ましてや、殿は万が一には、公方さまにもなられるべき尊い御身、当家のお殿さまが公方さまにおなりにならるるそのときは、ご簾中さまは真にこの日の本の国の御国母におなりあそばされるのでございます。この大事なるときこそ、ご簾中さまのお力と存在が殿のお支えとなられるかと存じまする」
夫婦喧嘩も国の大事となりかねない、国を傾け滅ぼす一因ともなり得る―、つまりは、美空の今置かれている立場は、それほど微妙なものなのだ。美空は改めて智島に教え諭された想いだった。
―もう一度だけ信じてみよう。
人は変わり、その心はうつろう。だが、うつろいゆく季(とき)の中で、人はもがきながらも、日々精一杯生きてゆく。
ならば、己れも流されるだけでなく、奔流の中で思いきりあがいてみよう。時代という、運命という烈しい流れの中で懸命に生きてみよう。
この瞬間、美空の心にある決意が生まれた。
