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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第2章 其の弐

「いけねえ、すっかり暗くなっちまった。済まない、家(うち)はどこだ? 送っていくよ」
 いつのまにか丁寧だった言葉遣いがすっかり砕けた親しげなものになっている。
 男の言うとおり、いつのまにか空を夕陽の色に染めていた太陽は隠れ、代わって蒼白い三日月が菫色の夜空に浮かんでいた。細い、いかにも頼りなげな月を取り巻くように無数の星たちが煌めいている。宵闇に沈み込んだ樹々の影は更に濃くなっていた。
 男の言葉に、美空は慌てて首を振る。
「大丈夫です、ここから家までは眼と鼻の先ですから。一人で帰れます」
「だが、こんなに遅くなっちまって、親御さんも心配してるんじゃねえのか? 陽が暮れたのを知っていながら、長話をして引き止めてたのは俺だ。それなのに、お前を一人で帰したんじゃア、申し訳がたたねえ」
 とうとう〝私〟が〝俺〟に、〝あなた〟が〝お前〟になっている。
―何よ、格好つけちゃって、似合いもしなかったくせに。
 と、心の中で毒づきながらも、男との距離が一挙に近づいたような気がする美空である。
「お生憎さま、私の両親はとっくに亡くなっちまいました」
 相変わらず、ニコリともせずに言い返す。
 と、男の表情がたちどころに翳った。
「済まねえ、悪ィことを訊いちまった」
 男は心底から済まなさそうに言う。その沈んだ顔に、かえって美空の方が申し訳ないような気になった。
「良いのよ、おとっつぁんが亡くなったのは、もう四年も前のことだし、おっかさんの顔に至っては、ろくすっぽ憶えちゃいないんだもの」
 明るく言った美空の横顔を、男は少し愕いたように見つめている。
「お前―」
 何か言いたげに口を動かした男に、美空は微笑んだ。
「そりゃあ、淋しいって思うときもあるのよ。でも、徳平店に住んでる人たちは皆、何くれとなく助け合って暮らしてて、私には頼りになる親戚のおじさんやおばさんがたくさんいるって感じなの。だから、一人でも大丈夫」
 そこで、美空は一旦は口をつぐみ、真顔になった。

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