
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第2章 其の弐
「その頼りになるおばさんがいつも口癖のように言ってるわ。見も知らない男に送って貰うほど、怖いものはないって。途中で送り狼になられちゃ、たまらないんですって」
大工平吉の女房お民は、美空の顔を見る度にまるでご託宣のように同じ科白を繰り返すのが常だ。
―良いかえ、ろくすっぽ知りもしない男を頭っから信用しちゃ駄目だよ。
お民も他の徳平店の女たち同様、とことんお人好しだが、少々お喋りがすぎるのが玉に傷といったところか。
「何だよ、俺をそんじょそこらの男と同じにするなよ。俺はこう見えても人畜無害の大人しい男なんだぜ」
ムキになって言い募る男を後に、美空は一人、さっさと歩き出した。
「そういうわけだから」
たったひと言を残し無情に去る女を、男は恨めしげに見送っている。
「おい、待ってくれよ、置いていくなよ」
喚きながら美空の後を追いかけてゆく。
二人の後ろ姿を眉月が地面に照らし出していた。星が降るように瞬く霜月最後の夜のことである。
その日を境に、美空は男としばしば逢うようになった。逢瀬の場所は随明寺の絵馬堂の前である。結局、再会した日は、男が息継坂の下まで送ってゆくということで話はついた。
男の名は孝太郎といった。生来、朗らかな気性のようで、これは後に判明したことだけれど、孝太郎は内面と外見が全く異なる男だった。ちょっと見には少し翳りのある端整な美男、しかも野性味すら漂わせた男前だが、口を開けば、途端に〝べらんめぇ〟口調の出る、いかにも下町育ちといった明るく屈託のない若者という素顔が現れる。
歳は二十一、病がちの父親に代わり、小間物の行商をしているという。
これだけの男ゆえ、たとえ本人が口には出さずとも女にはモテるであろうことは察せられる。
―孝太郎さんに言い寄ってくる女は皆、外見に惑わされちゃうんじゃない?
美空が半ば本気、半ば冗談で言うと、孝太郎は真剣な顔で怒った。
―なに言ってるんだよ、お前の方こそ、内と外じゃア、大違いじゃねえか。俺だって、お前を初めて見たときには、そんな意地っ張りな女だって思いもしなかったぜ。
大工平吉の女房お民は、美空の顔を見る度にまるでご託宣のように同じ科白を繰り返すのが常だ。
―良いかえ、ろくすっぽ知りもしない男を頭っから信用しちゃ駄目だよ。
お民も他の徳平店の女たち同様、とことんお人好しだが、少々お喋りがすぎるのが玉に傷といったところか。
「何だよ、俺をそんじょそこらの男と同じにするなよ。俺はこう見えても人畜無害の大人しい男なんだぜ」
ムキになって言い募る男を後に、美空は一人、さっさと歩き出した。
「そういうわけだから」
たったひと言を残し無情に去る女を、男は恨めしげに見送っている。
「おい、待ってくれよ、置いていくなよ」
喚きながら美空の後を追いかけてゆく。
二人の後ろ姿を眉月が地面に照らし出していた。星が降るように瞬く霜月最後の夜のことである。
その日を境に、美空は男としばしば逢うようになった。逢瀬の場所は随明寺の絵馬堂の前である。結局、再会した日は、男が息継坂の下まで送ってゆくということで話はついた。
男の名は孝太郎といった。生来、朗らかな気性のようで、これは後に判明したことだけれど、孝太郎は内面と外見が全く異なる男だった。ちょっと見には少し翳りのある端整な美男、しかも野性味すら漂わせた男前だが、口を開けば、途端に〝べらんめぇ〟口調の出る、いかにも下町育ちといった明るく屈託のない若者という素顔が現れる。
歳は二十一、病がちの父親に代わり、小間物の行商をしているという。
これだけの男ゆえ、たとえ本人が口には出さずとも女にはモテるであろうことは察せられる。
―孝太郎さんに言い寄ってくる女は皆、外見に惑わされちゃうんじゃない?
美空が半ば本気、半ば冗談で言うと、孝太郎は真剣な顔で怒った。
―なに言ってるんだよ、お前の方こそ、内と外じゃア、大違いじゃねえか。俺だって、お前を初めて見たときには、そんな意地っ張りな女だって思いもしなかったぜ。
