
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第12章 第四話・其の壱
《其の壱》
どこからともなしに柔らかな風が吹いてくる。その度に、優しい春の空気に身体ごとふわりと包み込まれたようで、何とも言えぬ穏やかな心持ちになる。ひらり、ひらりと風に乗って運ばれてゆく桜色の花びらと遊び戯れるかのように、白い蝶がひらひらと優雅に飛んでいった。
美空は微笑んで眼前のいかにも春めいた光景を見つめる。少し後方に離れて控えた智島が静かな声音で言った。
「今年の桜は、ほんに見事にござりますね」
「そうじゃな」
美空は振り向くでもなく、軽く頷いて相槌を打つ。
早いもので、美空が大奥入りしてから二度目の春を迎えた。江戸の町外れの長屋で生まれ育った少女が御三家筆頭尾張徳川家のご簾中となり、更には将軍家御台所に―、その女性としての栄華を極めた夢物語のような出世譚は、巷でも評判だと聞く。
女であれば、誰しもあやかりたい、まさに夢のような玉の輿物語だと。
かつて美空が尾張藩ご簾中となった時、江戸の町では〝今おんな太閤記出世双六〟なるものが大流行した。むろんのこと、下賤の生まれであった職人の娘が見事、尾張藩の殿さまの心を射止め、玉の輿に納まったという出世物語をかつての太閤豊臣秀吉に擬したものだ。太閤秀吉は農民の生まれである。美空が長屋で産声を上げたところから始まり、尾張藩のご簾中として迎えられるまでを双六にしたものだ。
ところが、この双六はこれでは終わらず、実は尾張藩ご簾中となった時点が〝上がり〟ではなかった。美空が大奥入りした直後、この双六の改訂版、つまり第二弾が新たに作られ、もちろん、こちらは美空がご簾中から更に将軍家御台所になるまでを双六形式にし、上がりは美空が御台所として江戸城入りする場面である。
どこからともなしに柔らかな風が吹いてくる。その度に、優しい春の空気に身体ごとふわりと包み込まれたようで、何とも言えぬ穏やかな心持ちになる。ひらり、ひらりと風に乗って運ばれてゆく桜色の花びらと遊び戯れるかのように、白い蝶がひらひらと優雅に飛んでいった。
美空は微笑んで眼前のいかにも春めいた光景を見つめる。少し後方に離れて控えた智島が静かな声音で言った。
「今年の桜は、ほんに見事にござりますね」
「そうじゃな」
美空は振り向くでもなく、軽く頷いて相槌を打つ。
早いもので、美空が大奥入りしてから二度目の春を迎えた。江戸の町外れの長屋で生まれ育った少女が御三家筆頭尾張徳川家のご簾中となり、更には将軍家御台所に―、その女性としての栄華を極めた夢物語のような出世譚は、巷でも評判だと聞く。
女であれば、誰しもあやかりたい、まさに夢のような玉の輿物語だと。
かつて美空が尾張藩ご簾中となった時、江戸の町では〝今おんな太閤記出世双六〟なるものが大流行した。むろんのこと、下賤の生まれであった職人の娘が見事、尾張藩の殿さまの心を射止め、玉の輿に納まったという出世物語をかつての太閤豊臣秀吉に擬したものだ。太閤秀吉は農民の生まれである。美空が長屋で産声を上げたところから始まり、尾張藩のご簾中として迎えられるまでを双六にしたものだ。
ところが、この双六はこれでは終わらず、実は尾張藩ご簾中となった時点が〝上がり〟ではなかった。美空が大奥入りした直後、この双六の改訂版、つまり第二弾が新たに作られ、もちろん、こちらは美空がご簾中から更に将軍家御台所になるまでを双六形式にし、上がりは美空が御台所として江戸城入りする場面である。
