テキストサイズ

激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第12章 第四話・其の壱

 草紙屋に並ぶやいなや、この双六はあっという間に売り切れ、今や版元は急きょ、増刷中だという。やはり、これを買う客の大半は女性、しかも妙齢の若い娘が多いとのことであった。これは、美空の辿った数奇な生涯が、誰しもが憧れる玉の輿であるからに他ならない。
 だが、当の美空にとっては、格別に我が身が変わったとも立身したとも思わない。ただ愛する良人の傍にいたい―、その一念がして美空をこの江戸城大奥まで引き寄せたのだ。
 初めて良人とめぐり逢った時、美空は十六歳だった。良人はただの小間物売りの孝太郎だと信じ、自分は小間物売りの女房として生きてゆくのだと信じて疑いもしなかったあの頃。まさか、己れが尾張藩主の妻となり、更に天下の将軍の妻となることなど想像だにしなかったというのが本音だ。
 一時は良人が信じられず、別離をも覚悟したことは何度もあった。それでも、美空は運命に引き寄せられ、こうして今、ここにいる。いや、運命に導かれたという言い方はもしかしたら、適当ではないかもしれない。美空は他ならぬ自分自身の気持ちでこの道を選んだのだから。美空の良人孝俊を何よりも必要とするその心がこの運命を―将軍の妻として生きる道を選ばせたのだから。
 孝俊(将軍職を継ぐに当たり、家俊と改名)が将軍後継に選ばれたと知った時、美空は混乱のあまり、ひそかに孝俊の許を去った。あれはもう一年半前のことになる。孝俊の傍にいる限り、自分は激動の運命に流されてしまうと怖れた美空は、黙って尾張藩邸から姿を消した。
 孝俊は美空がおらぬ間も妻を信じ続けた。その後、美空がその良き理解者浪速屋誠志郎と男女の仲ではないのかと疑い、嫉妬の余り美空を連れ戻したものの、それでも、美空との絆は壊れなかった。やがて誤解も解け、二人はこれまで以上の強い絆で結ばれた。そして、江戸城入りしてほどない頃、江戸城大奥は、新将軍就任に次いで、御台所の三度目の懐妊という慶事があいついだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ