
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第12章 第四話・其の壱
新しい将軍となった家俊と御台所芳子の間には、既に徳千代、孝次郞という二人の若君がいる。御台所は更に三人目の御子を身ごもったのであった。芳子というのは美空の正式名であり、美空は近衛家養女の格式で家俊の正室となったという経緯から、公の場では〝近衛芳子〟と名乗っている。
今年早々、美空は家俊との間の第三子凜(りん)姫を出産、初めての姫君の誕生に家俊公は殊の外歓ばれたと大奥中の評判になった。
今、美空の立つ渡殿からは、ゆったりとひろがった庭が一望できる。吹き抜けになった廊下は風の通り道ともなり、爽やかな卯月の風を全身で感じることができるのだ。紅地に垂れ桜の描かれた打掛を身に纏い、廊下に佇む美空は二十二歳、﨟長けた美しさと自ずと身に備わった気品は生まれながらの姫君のようでもあり、この女性がかつて長屋暮らしの少女であったとは到底誰も信じられない。
打掛には身頃から裾にかけて大胆に垂れ桜が描かれている。大きな図柄だが、花そのものは小さく、すっと垂れた浅緑の枝にたくさんの桜花が咲いているため、小柄な美空にもよく合っている。花の色は殆ど白、所々、ほんのりと紅色に染まっているほどの色合いだ。柄は布地に直接手書きで描かれているものもあれば、一部の花は金糸、銀糸で縫い取られている豪奢な逸品である。
華やかな色柄が御台所の若さと膚の肌理細やかさを引き立て、まさに咲く花のごとく麗しい美貌であった。
美空は、ゆるりと視線を動かす。廊下から見える庭はさほど広くはないが、それでも等間隔に並んだ桜並木が見渡せる。卯月の初めとて、薄紅色の花をたわわにつけた樹々が一斉に立ち並んでいる様は、それこそ現(うつつ)のものとも思えぬほどに美しい。こうして廊下に立ち、春の風に吹かれながら満開の桜を眺めていれば、それだけで極楽浄土にいる気分になれる。
「御台さま、幾ら花の季節とは申せ、まだ風は冷えまする。おん大切な御身なれば、どうか中にお戻り下さいまし」
今年早々、美空は家俊との間の第三子凜(りん)姫を出産、初めての姫君の誕生に家俊公は殊の外歓ばれたと大奥中の評判になった。
今、美空の立つ渡殿からは、ゆったりとひろがった庭が一望できる。吹き抜けになった廊下は風の通り道ともなり、爽やかな卯月の風を全身で感じることができるのだ。紅地に垂れ桜の描かれた打掛を身に纏い、廊下に佇む美空は二十二歳、﨟長けた美しさと自ずと身に備わった気品は生まれながらの姫君のようでもあり、この女性がかつて長屋暮らしの少女であったとは到底誰も信じられない。
打掛には身頃から裾にかけて大胆に垂れ桜が描かれている。大きな図柄だが、花そのものは小さく、すっと垂れた浅緑の枝にたくさんの桜花が咲いているため、小柄な美空にもよく合っている。花の色は殆ど白、所々、ほんのりと紅色に染まっているほどの色合いだ。柄は布地に直接手書きで描かれているものもあれば、一部の花は金糸、銀糸で縫い取られている豪奢な逸品である。
華やかな色柄が御台所の若さと膚の肌理細やかさを引き立て、まさに咲く花のごとく麗しい美貌であった。
美空は、ゆるりと視線を動かす。廊下から見える庭はさほど広くはないが、それでも等間隔に並んだ桜並木が見渡せる。卯月の初めとて、薄紅色の花をたわわにつけた樹々が一斉に立ち並んでいる様は、それこそ現(うつつ)のものとも思えぬほどに美しい。こうして廊下に立ち、春の風に吹かれながら満開の桜を眺めていれば、それだけで極楽浄土にいる気分になれる。
「御台さま、幾ら花の季節とは申せ、まだ風は冷えまする。おん大切な御身なれば、どうか中にお戻り下さいまし」
