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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第12章 第四話・其の壱

 正直、あの権高で冷淡な姑と離れることができたことにはホッとしている。それは口には出さずとも、孝俊も同様だろう。宥松院はかつて孝俊の生母おゆりの方に良人の寵愛を奪われたとして、おゆりの方だけでなく孝俊をも心底憎んでいた。生母を喪い、幼くして手許に引き取った孝俊を事ある毎に継子苛めしていたのだ。そんな義母であってみれば、こうして離れて暮らすことになったのは、美空や孝俊だけでなく、宥松院にとっても互いにとって心穏やかに暮らせる道であったのではないかとも思う。
 だが。
 たとえいつであろうと、どこに行こうと、似たような者はいるものである。とかく含むところのあった宥松院や唐橋と漸く離れることができたと思ったのも束の間―。
「御台さま、御台さま」
 賑やかな声が廊下の彼方から聞こえてきた。
 美空と智島は互いにそっと顔を見合わせる。
「どうやら、静かな刻もこれで終わりのようじゃな」
 美空は微苦笑を刻み、智島を見た。
「ああ、御台さま、こちらにおわされましたか」
 まろぶように磨き抜かれた廊下を歩いてくるのは、江戸城大奥の総取締の職にある御年寄永瀬である。もっとも、この永瀬は宥松院や唐橋とは異なり、美空に特別含むところがあるわけではない。そのことは、美空も智島もよくよく心得ているのだけれど。
 ―ひと筋縄ではゆかない、御しがたい女傑であることは間違いはない。
 永瀬は今年、三十八になる。十二で大奥に仕え、先代総取締であった御年寄滝川に見い出された。その才知と機転で次第に頭角を表し、ついには大奥の頂点に立つ総取締にまで上りつめた女性である。

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