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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第2章 其の弐

 可憐な美少女のくせに負けず嫌いで鉄火膚な美空と愁いのある美男でありながら、お調子者で喧嘩っ早い孝太郎とは似合いの恋人同士だった。
―そう、ただ外見に騙されただけっていうのなら、他の女に今からでも鞍替えすれば良いじゃない?
―何だとォ? お前こそ俺のことが好きで好きで、どうしようもねえんだろう。そんなに俺に惚れてるお前を捨てたりして、お前が身投げでもしちゃア大変だからな。大丈夫だ、安心しな、美空。俺は、何があっても、お前を捨てたりはしねえからな。
―よっく言うわよ。ほんとに嫌みなくらい自信過剰な男!
 美空は孝太郎を軽く睨み、殴る真似をしてみせるのだった。
 そうやって喧嘩のようなやりとりを交わすのはいつものことなのに、その癖、孝太郎のくれた蒔絵の櫛を後生大切に箪笥の引き出しにしまっている美空である。何とも矛盾した話であった。
 そんな日々の中で、二人は確実に恋を育んでいった。その恋が烈しい焔となって燃え上がるのに時間はかからない。二人が随明寺で再会してから、ひと月が経とうとしていたある日。
 その年もあと数日で終わろうかという師走の寒い昼下がりのことであった。むろん、逢瀬の場所はいつもの絵馬堂前である。
 その日、まだ来てはおらぬ孝太郎を待ちながら、美空は物想いに沈んでいた。孝太郎とは二、三日に一度は必ず逢っている。逢えば互いの近況報告をしたり、時には大池まで脚を伸ばしたりと恋人らしいひとときを愉しんでいる。
 なのに、何故か、知り合ったばかりの頃の方が、孝太郎の存在を身近に感じられたように思えてならない。この頃、孝太郎がひどく遠く―あたかも自分の手が届かないほど隔たった場所にいるように感じられることがしばしばあった。
 その理由は美空自身にも判っている。孝太郎について、美空がいまだに何も知らないことだ。一体、自分の恋人がどこに住んでいるのか、どんな家で暮らしているのか、果たして、家族はどんな人たちなのか。
 美空は孝太郎から彼自身の身上について何も聞かされてはいない。美空は孝太郎に何もかも―両親が亡くなった経緯(いきさつ)から、現在は徳平店に住んで仕立物の内職で暮らしていることもすべて打ち明けているというのに。

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