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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第12章 第四話・其の壱

「御台さま、先刻、表の方よりお達しがございまして、翌年からの大奥に掛かる費用を著しく削減するとのことにござります。つきましては、それに従い、奥女中たちの身に纏う打掛、小袖、帯はおろか、簪、笄の一つに至るまで、華美なものは一切あい慎むようにとの老中さまたちの合議の上の決定とか」
 淀みなく言い終えた永瀬の表情は、まさに憤懣やる方なしといった様子だ。
「それも、ただ贅沢を慎むようにというだけではなく、例えば、打掛を例に取れば、匹田(ひつた)絞りのものを着てはならぬとか、これはもう、一々、事細かに決められておるそうにござりますよ」
 匹田絞りというのは、布の染め方の一つで、これを用いた生地は大変高価な希少価値のあるものと見なされた。大奥でもこの匹田絞りを使った単布で打掛を仕立てることができるのは、御台所や将軍の寵愛の厚い側室といった、ごく一部の女性に限られている。
 美空は永瀬に言いたいだけ言わせてから、静かに言った。
「さりとて、公方さまはかねてから奢侈贅沢を固く戒められ、倹約をこの大奥にても徹底させるようにと仰せなのじゃ。公方さまがそのような御心でおわす限り、大奥に住まう我(われ)等(ら)もそのご方針に従い、華美なものは出来うる限り慎むべきなのは当然ではないか」
「それは、御台さまの仰せのとおりにございますれど」
 永瀬は唇を噛むと、悔しげな顔でうつむく。
 少し言い淀んだ後、ガバと顔を上げ、意を決したように言上した。
「確かに公方さまのご意思は絶対、大奥にお仕えする私どももそのお心にお従いするのは道理にはございます。さりながら、ご老中方からこのようなお達しがある前から、この大奥への締めつけは相当に厳しいものにございました。我等一同、それが天下のご政道なれば致し方なしと思い定め、耐え難きを耐え、忍びがたきを忍んで参ったのでございます。それが、このような正式なお達しがあったとなれば、今後はいっそう大奥への風当たりが強まるのではないかと案じられまする」

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