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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第12章 第四話・其の壱

 大奥女中のもう一つの愉しみ―、それは家俊がまた最も嫌う芝居見物でもあった。いや何も芝居見物が問題なのではなく、その裏に潜む役者遊びが諸悪の根源なのである。家俊ばかりではない、老中たちもまた大奥の女たちが〝代参〟と称して城外に出ては、ひそかに歌舞伎見物などをするのを常日頃から苦々しく思っている。先刻、永瀬が老中から受けた奢侈禁止令の中にはむろん、この芝居見物を今後は慎むようにとの条項も含まれている。
 また現実として、御台所が芝の増上寺や上野の寛永寺に詣でる代わりに、高位の奥女中―例えば御年寄などが詣でる〝代参〟は、奥女中たちにとっての格好の息抜きでもあった。彼女たちは江戸の町に出たついでに、歌舞伎芝居を見たりした。
 もっとも、最初は老中たちも〝日々のお勤めに励むお女中衆に多少の息抜きは無理からぬこと〟と大目に見ていたのだ。つまり、見て見ぬふりをしていたということである。
 だが、更にそのついでに、中には料理茶屋などでひそかに贔屓の役者と逢い引きするというけしからぬ者もいて―、そのような女中のせいで〝代参のついでの役者遊びが大奥の風紀を乱す元となる〟と表の役人たちから厳しい非難を受けることにあいなったのだ。
「ご老中方は、芝居見物をあたかも穢らわしきもの、由々しきもののように仰せにござりますが、元々、役者遊びをするような不届き者は、先代さまの御世にはいざ知らず、現在、ご当代さまの御世になってからというものは一人たりともおりませぬ。それなのに、いつまでも昔のことを持ち出して、数少ない愉しみを奪われるのは、我等にとっても我慢がなりませぬ」

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