
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第12章 第四話・其の壱
家俊は元々は優しい男だ。一度は尾張藩も何もかも捨て、ただの小間物売りとして市井に骨を埋めるつもりであった。そんな男がその肩に日本という国を、途方もなく重いものを背負わねばならなくなるとは、何という運命の皮肉であろうと思う。為政者に必要なのは情と非情、であってみれば、優しい家俊にとっては将軍という立場は苛酷なものになっているに相違ない。
その良人がいちばんに着手したのが、乱れた風紀をただし、倹約を徹底させようとする政策であった。それが良人の意思だというのなら、美空は家俊の意思に従うのみ。
永瀬の申し様には確かに耳を傾けるべきものはあるけれど、今ここで、それに対する明確な返答はできかねた。
美空がそんな想いに耽っていると、永瀬が勢い込んで言う。
「それに、御台さま。今回のご老中からのお達しには、まだ我慢ならぬことがございます」
まだあるのかと、智島が暗にそう言いたげな顔で美空を見る。
美空は眼顔で智島を制すると、穏やかに問うた。
「はて、それは何事?」
「は、されば、質素倹約を致せと私たちだけに申すのであればともかく、老中の堀田どのは、畏れ多くも御台さまのご衣裳にまで口出しをなさったのでございます」
駄目押しのようにそう言った永瀬が、ちらりと美空を一瞥した。
案の定、智島がこれに反応する。
「何と、奥女中ばかりか御台さまのご衣裳にまで口出しを致すとは、何という身の程知らずな」
とにかく御台さまひと筋の智島にとって、これほどの屈辱はない。形の良い唇を戦慄(わなな)かせる智島に、美空は宥めるような口調で言う。
その良人がいちばんに着手したのが、乱れた風紀をただし、倹約を徹底させようとする政策であった。それが良人の意思だというのなら、美空は家俊の意思に従うのみ。
永瀬の申し様には確かに耳を傾けるべきものはあるけれど、今ここで、それに対する明確な返答はできかねた。
美空がそんな想いに耽っていると、永瀬が勢い込んで言う。
「それに、御台さま。今回のご老中からのお達しには、まだ我慢ならぬことがございます」
まだあるのかと、智島が暗にそう言いたげな顔で美空を見る。
美空は眼顔で智島を制すると、穏やかに問うた。
「はて、それは何事?」
「は、されば、質素倹約を致せと私たちだけに申すのであればともかく、老中の堀田どのは、畏れ多くも御台さまのご衣裳にまで口出しをなさったのでございます」
駄目押しのようにそう言った永瀬が、ちらりと美空を一瞥した。
案の定、智島がこれに反応する。
「何と、奥女中ばかりか御台さまのご衣裳にまで口出しを致すとは、何という身の程知らずな」
とにかく御台さまひと筋の智島にとって、これほどの屈辱はない。形の良い唇を戦慄(わなな)かせる智島に、美空は宥めるような口調で言う。
