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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第13章 第四話・其の弐

     《其の弐》

 その翌日の昼下がり。
 普段は昼間、鳴ることのない大奥お鈴口の鈴が珍しく鳴り響いた。お鈴口は大奥と表御殿の境界、つまり将軍の公邸と私邸の境でもある。大奥に脚を踏み入れるのは将軍ただ一人であり、そのお渡りの度に、お鈴番という役目の者がお鈴口にある鈴を鳴らすことになっている。
 美空の私室を訪れた家俊は、いつになく上機嫌であった。丁度、そのときには徳千代、孝次郞、それに末の凜姫もそれぞれ乳母に連れられてきていた。
 嫡子徳千代は既に正式な世嗣として西ノ丸で起居し、次男孝次郞と凜姫は大奥で育てられている。徳千代は五歳、一年違いの孝次郞は四歳になった。徳千代は相も変わらずやんちゃ好きで、庭の樹に登っては守役やお付きの女中の度肝を抜き、心配させている。孝次郞もまた大人しく、幼いながらも思慮深いところは代わらない。
 全く対照的な性格を持つこの幼い兄弟は存外に仲が良く、喧嘩もするが、その分、仲直りするのも早い。今年の一月に生まれた凜姫は生後三ヶ月を迎えたばかりの乳飲み子だ。まだ乳母の腕の中ですやすやと眠っていることの方が多い。
 将軍職に就いてからというもの、家俊が真昼間から大奥に来ることは殆どない。
 尾張藩主時代と同様に、妻の許に顔を見せるのは専ら夜だけに限られていた。美空もまた表で政務に没頭する良人の大変さ、多忙さをよく理解していたゆえ、それを淋しいと感じたことはない。
 その家俊が今日に限って滅多になく昼間に訪れ、美空は訝りながらも笑顔で良人を迎えた。
 徳千代と孝次郞が手鞠を投げ合って遊んでいる。孝次郞がまだ上手に受け取れないのを、徳千代がいかにも兄らしく大人ぶった物言いで教えてやっているのも微笑ましい。

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