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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第13章 第四話・其の弐

「美空、そなたは幸せか?」
 自分のことを〝俺〟と呼ぶように、いまだに家俊は美空を本名で呼ぶ。芳子と呼ぶのは、人前だけだ。美空には、その心遣いも嬉しかった。美空という名は亡き父が美しき空のようであれとの願いを込めて付けた名でもあるからだ。
「はい、私は果報者にございます。こうしてお慕いする方のお側にいつまでもいられるのでございますから」
 何の照れも躊躇いもなく、心から素直にそう言えた。
 その言葉に、家俊は嬉しげに破顔した。
「そうか、そう申してくれたら、俺も少しは心が軽くなる。尾張藩主の妻になったときといい、こたびのことといい、そなたには要らざる心労ばかりかけるからな」
 美空は、良人の労りの言葉にそっと首を振った。
「ところで、今日はそなたに渡したいものがあってな」
 無造作に差し出されたのは、黒塗りの笄。きらきらと光る石は何であろうか、小さな石が一枚、一枚花びらとなり、桜の花を象っている。艶やかにも可憐にも咲いた桜がついた瀟洒な笄だ。
「上さま」
 美空は小さく息を吸い込んだ。その愛らしい面に躊躇を見て、家俊が不審げな面持ちになる。
「上さまのお心遣いは心よりありがたく存じますれど、このお品を頂戴するわけには参りませぬ」
「それは、どういうことだ?」
 ますます判らないといった顔の良人に、美空は困ったように微笑した。

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